撰集  お気に入り短歌、    トップページへ    
 一度読んで、良いと思った歌も忘れてしまいがちなのでこんな形でメモってみました。私の思いを分かりやすく、無駄なく、代弁してくれている歌ばかりです。 こう書けば良かったのかと先を越された感じの嫉妬心さえ抱きつつ書き出しています。
 *自分の職業や立場をもっと濃く詠み込めば、それらの「点」はいずれ「線」となる(大松達知)
小野島 徹
  廃材で山小屋造りながまりて「ちちよ」と鳴くとう蓑虫を聴く(2024.6.9)   馬場先生
   
 *自分が実際に聴いたのではなく、万葉集に「ちちよ」となくと書かれていることを、書き足しておいたら、そのように伝聞の形に、正確に
          表現するよう先生が下線部を訂正された

  神様はいかなる夢であやせしや眠りかけたる孫が微笑む (2024.4.22)    高野先生
    
評;神様が夢であやす、という発想が新鮮
  如月の楽しみ一つ日脚伸び日に日に一分早まる曙光(2024.3.4)        高野先生
    
評;日の出の時刻は、2月1日は6時42分で、2月29日は6時12分。即ち一日にほぼ1分ずつ曙光が早まり、気分も明るむ
  気儘にて気負い少なき老い人の吾は一番今が幸せ(2024.1.22)            高野先生  
  お土産の売り子も客も中国人世界遺産の富士山の店(2023.11.12)          高野先生   
  ゆつくりと峠を歩き観賞す牧之が詠みし合歓の花色(2023.10.23)           高野先生
  キムノドン攻めずにおくれ古里のケーケーノドン怒れば怖し(2023.10.9)       高野先生<入選>
   評;北朝鮮の弾道ミサイルを恐竜・キムノドンと名付け、柏崎刈羽原発を恐竜・ケーケーノドンと名付けて、前者が後者を攻撃しないことを願うユニークな歌
  さまざまな出逢い愉しい散歩道
今日の出逢いは帰燕の飛翔(2023.10.9)      馬場先生
  長らひてたまたま出会ふものなるや会はずともよき埋葬虫に会ふ(2023.9.25)高野先生
  散布の前の一仕事草を揺すって蛙を逃がす(2023.9.10)             馬場先生 
  マスク取り顔を見せるも病室の母は我が顔忘れてをりぬ(2023.6.16)      馬場先生
  退職し自由の時間増えるともルーズに慣れて時間が足りぬ (2023.5.8)     高野先生
  空埋めて雪は降れども夜の底ほんのり明かし満月の村(2023.4.10)      馬場先生
  「こんげンで終えてくンらばあンがてと」と冬の新潟小雪の二月 (2023.3.19)  高野先生  
   
評;2月に大雪が降らず、ほっとしている新潟市の人、方言が面白い。
  雪深き十日町市の雪祭この日境に春が駆け来る(2023.3.19)           馬場先生
  戦争のイメージ払ひ日の丸を購ひにけり古稀の祝ひに(2023.2.13)           馬場先生
  皆殺しする暇惜しく半殺し母の作りしボタモチ恋し(2022,12,11)              馬場先生
  ヲナモミをコサージュ代はりとする妻に幼心と倹しさ思ふ(2022.10.17)         高野先生<入選>  
  
  評; 目立たないオシャレをする妻を見て、人柄の良さを感じ取り、いとしく思っている作者(評)
   
  彼の山で深まる秋を待ちぬらむ/昨春植ゑし榾木椎茸(2022.9.26)           馬場先生
  満開の桜の見せるしづ心花見の客の喧騒の中 (2022.5.8)                 高野先生 入選
   
 評;「しづ心」は古今集の「ひさかたの光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ」を踏まえる。
  今もなほ働く人が四千とふ駄法螺のやうな廃炉の話(2022.4.10)           高野先生 歌壇賞佳作
  大寒の朝の寝床の愉しみは日ごと早まる小窓の明かり(2022.2.21)           高野先生
  大人ゆえ顔には出さぬ卓球道勝って自惚れ負けて腐るも(2022.2.13)          馬場先生
  籠球のフリースローのその刹那 しんと静まりシュート音聞く(2022.1.31)         高野先生
  あかべこに御利益問へばゆつくりと辺り見回し頷きにけり(2022.1.24)          馬場先生
  号砲で一気に駆け出す駅伝の元気いただく二日の八時(2022.1.1) 
              高野先生 新年入賞三席
    
*箱根駅伝の溌剌としたスタートを詠む、熱心なファンなのだろう
  予定あり生きるは楽しチュウリップ球根植えて来春(らいはる)を待つ(2021.11.28) 高野先生
  ホームから老いびと出でて見物す学校田の稲刈る子らを(2021.10.31)         馬場先生
  老人のよく見る欄と友の言ふお悔やみ欄を今日も見てゐる(2021.8.23)       高野先生
  鳥屋野潟滴る森のみどり葉をどよめき揺らすアルビの応援 (2021.6.21)         高野先生
  自らが売られてゐると気づかずに往来見てゐるフォックスフェイス (2020.11.8) 高野先生
  面白き花の形のケンポナシなほ面白しその実も味も    (2020.8.31)      馬場先生
  たけなわの春となりけり やはらかき山菜並ぶ夕の食卓 (2020.6.22)       高野先生
  医療費の軽減通知有り難し余命少なの威しに似るも (2020.4.20)        高野先生
  時たまのファインプレィが楽しくて今日も出かける老人卓球 (2020.3.30)     高野先生
  信号機四連続で青となり良すぎる運に速度を落とす    (2020.3.21)      馬場先生
   雪しまく音を聞きつつ暖房のファンの音聞く雪国の宿   (2020.2.3)       高野先生
   カウントを忘れ楽しい卓球は老人力のきわみなりけり  (2020.1.27)      馬場先生
  元日は日の丸揚げて祝ひけり世界の国旗覚えた孫と    (2020.1.1)      高野先生・新年入賞一席  
     
*「アメリカの旗も知っているよ」などと言う孫と一緒に日の丸を掲げる楽しい場面(選評)
   芋の茎きちんと重ね捨て置かれ穏やかなりし冬の到来 (2019.12.2)      高野先生
   今日もまた卓球場に笑い声老人卓球癖玉多し       (2019.9.30)      馬場先生 
   懐かしき水辺のものの料理かな真菰・菱の実・慈姑・蒪菜 (2019.8.25)     馬場先生
   腕から微かに匂う硫黄の香万座温泉帰りの車中        (2019.8.19)    高野先生
   ナニモノも真似のできない熊蜂の瞬間移動、瞬間停止    (2019.6.5)(10.14)  高野先生・歌壇賞 佳作
     
* 評;四句、五句が素晴らしい
  一冬を共に過ごした君子欄みどり濃き葉に一冬の塵      (2019.4.29)    高野先生
   仏像に生れず終りし削り屑散り敷く様は沙羅の花びら    (2019.1.21)     高野先生 
   人影の絶えし浜辺に海鳥は変わらず啼きぬ秋の粟島    (2018.9.17)      高野先生
   羽黒山五重の塔の縁の下 薄馬鹿下郎の十万億土     (2018.7.30)     高野先生
   山つつじ山ほととぎす山ぼうし山あじさいと山ゆりが好き    (2018.7.2)     高野先生
   死に近き母はベッドに眠りをり外は五月の青空なるに     (2018.6.25)      馬場先生
   吹く風に飛ばされまいと泥の手で帽子を掴む手植えの田植え(2018.6.18)     高野先生
   右手挙げ横断せんと一年生両手の荷物左に集む       (2018.5.14)     高野先生・佳作
   隕石の飛び来るやうに浮かび来る柚子湯の底に手放す柚子は(2018.1.22)    高野先生
   魚市場イナダの柵の安ければ憐れと思ふ命なりけり     (201711.27)     馬場先生
   風船の行方を追えば無の世界無眼界乃至無意識界    (2017.1.6)        高野先生
   しんがりの帰り燕かただ一羽長生橋を飛び越え行きぬ   (2017.10.30)     馬場先生 
   霊柩車亡き友乗せて去り行きぬ車の列にせかされ去りぬ   (2017.2.27)     馬場先生
   捨てられて藪と化したる畑田に今も残りし苧麻と桑の樹      (2017.2.6)    高野先生
   倒れける母を見舞ひて仏壇の父にも無沙汰詫びて戻りぬ     (2017.1.30)   馬場先生 
   握手して気圧されにけり農に生きし幼なじみの厚き手の平   (2016.12.19)    馬場先生
   今一度刈り取るほどの高さなる小春日和の青きひつじ田    (2016.12.5)     高野先生
   山古志の村を歩けり縫い糸が波打つやうな一本道を       (2016.10.24)    高野先生
   縄文のレプリカ住居の前に立ち「狩りに行くべ」と声出してみる (2016.9.19)     馬場先生
   「過ちは繰り返しません」 難しき誓いなれども今に継がれし   (2016.9.5)     馬場先生  
   しばらくはこの世の浄土にとどまらむクーラー入れて般若湯飲む(2016.8.22)    高野先生
   それぞれの痛みと懼れ抱え込み鎮まりかえる真夜の病棟     (2016.8.22)   馬場先生  
   調べるも楽しかりけり忘れたるラジオ体操二番の歌詞を       (2016.7.4)    馬場先生 
   独活の幹払へば静かに倒れけり匠の砥ぎし鎌の一振り (2016.6.20)(10.8) 高野先生・歌壇賞佳作 
    
評;匠の研いだ鎌の鋭い切れ味を上句で見事に表現した
    種籾に我が家の風呂を貸し出して家族総出の温泉旅に       (2016.5.9)   高野先生   
   異動とは移植のやうなものなれば其処で頑張れ若林某        (2016.4.25)  高野先生  
   我もまた生物界の一人にて庭に出でけり今日は啓蟄          (2016.3.28)  高野先生 
   屋上に雪山見んと来てみれば雪より清き上弦の月            (2016.3.14)  高野先生 
   教え子の退職間近の同級会遙か遠くへ我は来たりぬ           (2016.2.22)   馬場先生
   採点のバイトなれども百点をとりし答案見るは嬉しき           (2016.2.8)    高野先生  
   水甕に沈む紅葉に浮くもみぢ映るモミヂのありて愉しも(2015.12.6)(4.10)高野先生・歌壇賞秀逸
    
評;まるで紅葉の万華鏡のような美しさ  
   何気なくお悔み欄を見るなれど十七歳の君を見るとは      (2015.10頃)        馬場先生
   降る雨を子供心で楽しめば洪水予報のテロップ流る       (2015.8.3)       高野先生 
   バンザイの形をしたる人参は目出度いけれど規格外てふ    (2015.4.27)    馬場先生 
   たうどとは田人と書くと知る朝昔の人を懐かしく思ふ       (  、)
   天井に星を見つけし愕きは屋根飛ばされし台風の夜       (2014.11.3)
   西にベガ東にカペラ天頂にペガサス駆ける秋晴れ夜空     (2014.11.17)
   杉もまた命の不安覚えるやE922など番号振られ        (2014.6.30)
   もて余すことを期待し六十年もて余すなし時間も金も       (2014.2.24)
   稲こきは死語となるらんコンバイン刈りとりながら籾を吐きだす (2014.10.20)


浅川 肇   
口語現代仮名 反戦・社会派
  しだれ桜を揺らしてみたい 幽霊に<焼身自殺の人に>会いたい
  この窓に施錠をするな 好き勝手に世界の風が入れるように
  逆コースを歩きはじめた政権の目のかたきとなる短歌を今こそ
  権力のひこばえ育つを横にみて今年の春はとことん寒い
  「朝鮮人はかえれ」ここが見せ場のど根性「人種差別ハンターイ」
  ぼくたちはやってしまった原発が危険だという公開実験 
  おれたちは政治家に支配されないプルトニウムだ 思い知ったか 
  今日もまた影踏み遊び核疑惑オキナワフクシマまだまだつづく 

雨宮 雅子
  放射能との長き戦(いくさ)になるならむいくたびを春迎ふるならむ 
  秋の日に葡萄実れる国ありてむらさき深くたましいに触る(「短歌」2010年 月号)
  父の墓碑「無」の字をりをり思へども無は無なるゆえ暗くはあらず
  机に来たり共に息づく吾亦紅吾も紅なり季かへらざり
(短歌2014.1月号「暗くはあらず」)

アラン・タカピ
   焼きたてのパンが匂うぞ もう二度と焼き立てであることなどなくて
   天気予報終わった後に見逃しに気づいておりぬ見ていたのだが
   効きすぎの山葵に涙を流すときどこかで誰か殺されている
   自らの寝息聞きつつ寝る真昼地球はしっかりまわっているか

伊藤佐千夫
   すこやかに児等が遊ぶに秋もあらず曇りもあらずうらうら常春
   天地のくしき草花目にみつる花野に酔て現ともなし
   秋の野に花をめでつつ手折るにも迷ふことあり人といふもの
   草枕戸かくし山の冬枯の山おくにして雨にこもれり          
   櫟原くま笹の原見とほしの冬枯道を山深く行く
   今の我れに偽ることを許さずば我が霊の緒は直ぐにも絶ゆべし
   よみにありて魂静まれる人すらも此の淋しさに世をこふらむか
   我がおもひ深くいたらば土の底よみなる友に蓋し通はむ
   黒姫は越のこひしき鯖石の我が思ふ人の郷の上の山
   いきの緒のねをいぶかしみ耳寄せて我が聞けるとにいきのねはなし(究一郎 招魂歌)
   九つを頭に四人をみな児の父なりし日は未だ若かりき
   打ち破りガラスの屑の鋭き屑の恐しきこころ人の持ちけり(悲しき罪のこころ)M44年 
   日本人(やまとびと)常持ち来せる潤ひのうせはてしこころ神に背きsつ
   みづみづしき茎のくれなゐ葉のみどりゆづり葉汝は恋のあらはれ
   世にあらん生きのたづきのひまをもとめ雨の青葉に一と日こもれり
   おとろへし蠅の一つが力なく障子に這ひて日は静かなり
   月寒き梅の軒端に我がこころいやさや澄みて人の恋しも
   海山の鳥毛ものすら子を産みて皆生きの世を楽しむものを
   おりたちて今朝の寒さを驚きぬ露しとしとと柿の落葉深く

石川 啄木
 
   呼吸すれば/胸の中にて鳴る音あり。/凩よりさびしきその音
   眼(め)閉づれど/心にうかぶ何もなし。/さびしくもまた眼あけるかな
   ふるさとの訛なつかし/停車場の人ごみの中に/そを聴きにゆく


今井 勝人

   腕白も黙んまりも居た小学校ポプラ残して廃校となる(2022.1.31)
   雪来ると大根畑早々に取り込む跡に冬日の溜る(2020.2.9)
   稲刈りし山田を霧がもてあそぶ耳を澄ませば水のささやき(2018.11.19)
   百歳を超えたる母が正座してカマキリよりもじっとして居る(2018.1.29)
   また来ます海の夕陽が美しい無人の駅の伝言板に(2017.10.16)
   藍色は紫陽花の色海の色友に聞かさる沖縄の色(2017.9.10)
   疲れても山田で食べるおにぎりの芯の梅干し吾を励ます(2017.7.3)
   登校の児らの近道畑道馬鈴薯咲いて生意気盛り(2016.7.25)
   帰省客帰ったあとの佐渡の島つまらなそうに寝そべっている(2015.9.21)
   夕焼けの道がこんなに楽しくて右手左手孫と手つなぐ(2015.8.31)
   宿題を終わったのかとたずねれば水鉄砲に狙い撃ちされる(2015.8.3)
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岩田  正 視点がおもしろい
  秋は帰路雲の茜を身に浴びてつれだち歩む去りし友らと
  わが心奮いたたすに理由なし奮いたたねばわれはあやふし
  足病んで冬をこもれば切実に夕陽を入り見たし夕陽を浴びたし
  息とまればわれはあらざりそのわれの焉り知りたし息なきわれを
  しんけんにごはんごはんといふ老あり五欲のひとつ醜からざる
  呆としてゐるひとときはセンターの痴呆のひとりとわれも見られむ
  この齢になりてもおいかけつこする身なり生と死とのおつかけつこを
  「あおの爺さんねえ」席立てばだれかが言つてゐるおれはやつぱり爺さんなんだ
  窓からは空しか見えぬ空からは何でも見える窓の私も 「短歌」2014・1月号「じゃんけんぽん」)
  終電に始発より寝るあれば電車も仮の住居なるべし(短歌朝日2005・6月号)
  上流のカジカは優雅にいるといふドヂヤウの俺の知つたことかい(短歌2008・1月号 
  たれかくる墓石のかげに身をひそめかたへの霊と闇をうかがふ(短歌2012・1月号

井上 美地
反戦・社会派
  オスプレイ飛び交う音を八重瀬岳の洞穴(ガマ)に残りいるみ骨も聞かむ
  常につねにわれら予期せぬ日に起きぬ歎き尽きざる戦のひぶた
  テロあらば派兵せむとう声も聞く桜散るごと人死なしめて
  消えゆかむわれら世代の夢なりや 戦意持たざる国在ることは
  狭き国に人の住めざる地は増えむ 遠く松木村、今、こののちも
(短歌2013・6月号)

大沼富美子
  学校に公園に野に声のなく埋火のごと自粛しており82020.6.8)
  ウイルスのなき大空を悠々と羽を広げて飛ぶ鳶の見ゆ(2020.6.1)
  引き揚げて貧しき生活に学力のなき身淋しみ歌詠むわれは(2018.11.19)
  残業の制限もなく働きし記憶の奥に父母ありき(2018.5.21)
  聞かぬふり聞くふりして家族らと合わせて生きる終のすみかに(2018.3.5)
  すがるものあるは幸せ元日を静かに籠り拙き歌書く(2018.1.22)
  苦しみて一首できればほのぼのと心満ちたり梅の花咲く(2016.4.4)
  心ある命は淋し満月は心を持たずかくも美し(新潟日報、2014.11.9)
  夏服に替えし生徒ら蝶のごとひらひらとバスを降りてくる(2014・7.6) 
  出航の銅鑼のようなるクラクション一つ鳴らして霊柩車行く(2014.4.13)

大滝 慶作 
  男らは母、妻、娘の順番に食を頼りて一世を過ごす(2023.3.4)
  スーパーのイートインにて百円のコーヒー啜り歌集読みおり(2023.8.21)
  手のひらの国語辞典にかなわない知識の量でこの世を過ごす(2023.10.23)
  AIのニュース朗読広がりてアナウンサーは何を思うや(2023.6.5)
  猛暑にも負けずに育つ枝豆よ「弥彦むすめ}は越後の女(2022.8.1)
  友の詠みし伊夜彦山を仰ぐたび友逝きたりと山が教える(2021.9.12)
  コロナ禍の先に瀑布の待つらんか日本丸の行く手を憂う(2021.8.9)
  古書店で古語辞典を買い求め「一年二組 佐野彩」となる(2020.7.20)
  上役を「子泣きじじい」と名付けたる乙女の定年人づてに聞く(友に贈る歌)
  ベランダに三百円のすすき活けにわか詩人は月の出を待つ(友に贈る歌)
  ウィンウィンが見えて来ないと結婚に踏み切れないと若きらは言う
  何にし負う宮城野原を訪ぬれば萩野町あり白萩町も
  花巻にしゃれたポスター見かけたり「注文の多い音楽会」とぞ
  町内の盆栽名人亡くなりて百余の盆栽宙に浮きたり
  給食室で同席したる女生徒はかたきのごとくねぎ取り除く
  サングラス、福岡生まれ、韜晦癖、飄々と生くタモリと陽水
  海沿いの国道にわかにカーブして原発をよけまた海に出る
  数うれば旅、歌、料理次々とノルマのごとき余生のメニュー
  調理して並んで食べて語り合うヒト科のオスの牙抜けし顔
  黒帯も相談に来て弱音吐く「やらされてる感はんぱないっす」
  コンバインに生徒と乗りて稲を刈るブルゾンちえみも日本の娘
  茨城弁を有村架純が話すとき小粒のいちご次々生ま
  プレー中なおみの耳に黄の蝶は「女王はあなた」と告げて去りしか(2021.3.8)
  「農はこれたぐいなき愛」身を反りて天に歌えり金農ナイン(2018.9.9)


太田 空賢
  紅葉の始まる峰をまず照らし朝陽は徐々に湯の街に降る(2023.11.20)
  先づ柿がだいだい色に輝きて古里の山の紅葉を誘ふ(2022.11.28)
  乗る人の少なきバスを降りるとき見知らぬ幼児われに手を振る(2022.3.13)
  柊は古木となりてその葉さへ円やかとなり涼風に揺る(2020.8.16)
  誰一人欠けてもwくぁれは居らぬことしみじみ思ひ遺影を仰ぐ(2020.6.29)
  境内の初竹の子の皮を剥き掌に置き見れば仏塔のごと(2020.6.1)
  本堂の縁の下にも夕日入り地上絵のごと蟻地獄映ゆ(2019.6.17)
  留守にせし生家山寺の玄関の古き燕の巣に迎えらる(2017.12.10)
  わが庭にトカゲちょろちょろ遊びをり「踏まれるなよ」とまた声かける(2017.10.22)
  廃屋の庭の湧水いよよ澄み梅雨晴れの空深く映りぬ(2016.8.15)
  黄金の波打つ中に白き花咲く蕎麦畑棚田も変わる(2015.11.16)
  古里の鎮守の鳥居くぐられず跨げるほどに雪降り積もる(日報、2015.3.9)
  素足にてお百度参りする人の数珠の輪をぬけ寒風吹けり(日報、2015.1.12)
  切り詰めし庭木に遊ぶ四十雀勝手が違ふと首傾げをり(日報、2014.12.22)
  ワイパーの描く扇に降る雪の結晶見つつ妻を待ちをり(日報、2014.2.24)

大橋久美子(加茂市)
  いとまなく働く我娘よかなふなら越後のもみぢ見せたきものを(2022.11.28)
  一瞬に蛍ながれて元の闇吾を訪ひ来るは誰が魂ならむ(2022.8.7)
  雪消待ちてフアイナンシャルプランナー吾の老いぐあい確かめに来る(2022.4.4)
  ゴーヤーは二階まで伸び薄明に蜂の羽音を枕辺に聴く(2020.8.16)
  あしひきの山のあしたの初あかり寝ねたるままの獣にも差す(2019.2.18)
  ほろすけのほうと啼きたる残夜より春にかたぶく山峡の村(2017.3.13)
  ウインドウを下せば車中に入り込む初蝉のこゑまた夏が来た(2018.7.23)
  夫は逝きわれは遺されはつなつの刈草の香に包まれをり(2018.6.25)
  よどみなく問うて答へて真実は遥か彼方に混沌として(2018.4.28)
  川むこう薪ストーブの煙立ちいよよ深まる山峡の秋(2017.11.20)
  みーんみんつくつくほうしつくほうしこの上空をミサイル越ゆ(2017.9.18)
  名を知るは琴弾き春告恋教へとんびにすずめ峡はとりかご(2017.5.1)
  曼珠沙華はなの終はりて元の畔死者は生者の中に生きつぐ(2016.10.31)
  しまひ湯の曇りガラスに上弦の月光させり雪明かり連れ(2016.2.14)
  子育てのさなかに在りし若きころ何もなくて全てがありき(新潟日報 2013.9.8)

岡崎 康行
  わづかなる義捐金でコト済ませたるわたしのなかの寂しい<絆>(「短歌」2012年12月号)
  放射能汚染のつちは日本からにほんへ追ひやるほか手立てなし(「短歌」2012年12月号)
  羽根ふせるあきづとベンチ分け合ひてしばらくモノのごとき静けさ(「短歌」2012年12月号)
  原発も基地もなき地に住みふりて今朝は茗荷のむらさきを摘む(「短歌」2012年12月号

尾崎左永子   

  生活とは活き活きと日々を生くること今の安穏悼む他無く(2020.1月「短歌」)
  蓮の実も松の実もなべて過去未来抱へて冬を超えゆくものか
  人間の傲りならずや虎もゴリラも一生を檻に閉じこめられて
  いつまでも微熱の去らぬ日々過ぎて呼吸とはたしかに生の証し (短歌、2014,4月)
  方向を持つや持たずや揚羽蝶高層街の舗道越えたり (短歌、2014,4月)
  同じ種の蜻蛉のみが群れてとぶ風さわぐ原のこの晩夏光 (短歌、2014,4月)
  先に逝くとは何の不条理微笑する娘の遺影にわれはつぶやく (短歌、2014,4月)
  青葉濃き鎌倉山のほととぎす人想うこころ剪るごとく啼く (短歌、2014,4月)
  朝風に逆らひながら蜻蛉の群れは夏原に低く飛び交う (短歌、2014,4月)
  高層ビルも巨船もなべて夕映えて平成十九年末の海昏れんとす (短歌2008・1月号) 
  花には花の風には風のことばありて私は放つ私のことば (「曇天の春」短歌5月号)
  木枯らしに似し血流の音ききて枕に耳を押しつけている (「短歌」2010年 4月号) 
   忘却も知恵ののひとつぞ厚き潮満ちて動かぬまひるの運河 (「短歌」2010年 4月号)
   隠(こも)り沼整備したればただ蒼し影失いしものの寂し (「短歌」2010年 4月号) 
   人の死を聴きても心動かざる日々なり花は散る時に散る (「短歌」2010年 4月号)
  魂の守備範囲ありて迫りくる情報大方は切り捨てをり (「短歌」2011年 1月号
   ページ繰る音立つときにこの深夜息づくわれの孤心際立つ
  とどまらぬ時間ありそこに未来あり生ある限り否応もなく (「短歌」2014・1月号「冬の光体」)
  パソコンワード罷めたる理由の一つに書く文字に人の魂こもる (短歌2012・1月号 想念)
 
岡井  隆  
  冷ややかな好奇心のみ(それでいい)性愛は使ひ捨てられた花
  生きがたき此の生の果てに桃植ゑて死も明かうせむそのはなざかり (「短歌」2010年 月号)
  ユーラシアから見れあ細長いとげだらうそのまん中に住んで久しい (「短歌」2011年 4月号)
  蒼穹(おほぞら)は蜜かたむけてゐたりけり時こそはわがしづけし伴侶 (「短歌」2011年 4月号)
  ボール探して入りし林に父と会ふ「無理するなよ 隆」と低い声 (「短歌」2011年 4月号)
  日録はさながら一日の錆ならめせめてアミエルほどは書かねば (「短歌」2011年 4月号)
  どの人も誰かを否定して生きる いや否むことなく生き得ぬ (「短歌」2011年 4月号)
  部分否定でも否むのだ この俺も誰かにつよく否まれて立つ (短歌」2011年 4月号)

大下 一真
  藪陰に茶の花ほつと開きたり日本は大国にならずともよし (角川俳句2014.11)
  指し交わす紅梅白梅に日の当たり花かしゃかしゃと会話を始む 短歌朝日2005・6月号)
  人生とう旅の中なる旅先に柿の実あかき村一つ過ぐ 「短歌」2009年7月号ー『掃葉』)
  なるようになりてかくありなるようになりてゆくなりこの世というは (「短歌」2009年7月号ー『即今』)




小高  賢

  短詩型文学のできる領域、それは想像力と同時に、読者を巻き込む暗示力の勝負になる
  
改札に香しきほど手を振りし 生の始発のようなおとめご  (「短歌」2010年 月号)
  痛みくれば「今年一杯もてばいい」日々剥がさるるその生あはれ(短歌2008・1月号)
  死の床に泣きはじめたる声に「まだ早い」ともらす逸話うれしも (短歌2008・1月号)  
  折り返しとうに超えたるわが裡(うち)のすきまに咲(ひら)き散る老いの歌
(「短歌」2010年 4月号)
  空々と壮(さか)り過ぎれば啄木の二七歳まぶし夭(わかじに)
(「短歌」2010年 4月号)
  斎場にくわしくなりぬ喪の服に声かけ道をさきがける夜(「短歌」2010年 4月号)
  あっけなく終れるものありおとろえず残る執あり花の場合も(「短歌」2014・1月号「さまざまな風景」)
  この世をば確かむるごと一・二片あらわれいでて消える淡雪
(「短歌」2014・1月号「々」)


河野 裕子
文語口語混じりの歌体
  あおの世とこの世がごつちやになりてしまへどもこの世の青空には人間のこゑ(短歌2008・1月号)
  新じゃがを箸でころがし茹でながら昨日で終わりし五月かなしむ(「短歌」2009年7月号ー『姉さんかぶり』)
  ざざと来てざざと降りやむ昼の雨くよくよすんなと陽も射してくる(「短歌」2009年7月号ー『姉さんかぶり』)
  ひとりぺたんとこの世に残されなんとせうひいといふほど椿が落ちる(「庭」)
  昏々と睡りながらに去りゆかむこの世とぞ思ふ夕焼くる天(短歌朝日2003・12月号)
  うとうととただにねむたくベッドにはベッドの時間が過ぎてゆくのみ(「空蝉」)
  青林檎与へしことを唯一の積極として別れ来にけり(「森のやうに獣のやうに」)

北原 白秋
  いつしかに春の名残となりにけり昆布干場のたんぽぽの花    
*歌の腰
  太葱の一茎ごとに蜻蛉ゐてなにか恐るる赤き夕暮
  どくだみの花のにほひを思ふとき青みて迫る君がまなざし
  いやはてにウコンざくらのかなしみのちりそめぬれば五月はきたる(桐の花)
  君かへす朝の舗石さくさくと雪よ林檎の香のごとくふれ

木村 仙八 
  
善行を垣間見るごとし図書館の本にカバーを掛けて読む人(2023.10.30)
  看護替るたびごと名を問はれ高倉健と名のつてしまった(2023.5.22)
  本蓼の花も終りて葉を食めば蓼食ふ虫の舌刺す辛さ(2021.12.12)
  年毎に検見する山の定位置で咲くや安堵の羅生門蔓(2020.5.25)

  
二歩を置く老いとの将棋楽しくて吾も負けずに待ったをかける(2020.4.20)
  川面より一丈五尺高き木に氾濫あとの襤褸がなびく(2019.12.2)
  飛びながら瞬時合体せし蜻蛉巴のままに草に鎮もる(2019.9.9)
  墓掃除するや飛蝗や団子虫跳ねて蠢きうつつ賑はう(2019.9.8)
  粉炭のやうな汚れが雪づらに浮き出てくれば春は確実(2019.3.25)
  つくしん坊ほふと胞子を吐くやうな息さへ見ゆるごとき静けさ(2018.5.14)
  かはゆくて指でつつく鈴女瓜かはいさ余りまたもつつく(2017.11.6)
  雪かぶる笹叢ふかく跳躍する冬毛の貂のあざやかなる(2018.1.22)
  紙パック入りの日本酒ストローでひこひこ吸うを下戸は気付かず(2016.2.14)
  寝てゐても冷えに目覚める日は晴れて飯豊の山を見れば冠雪(2015.12.28)
  穭田の畔をめぐればトキハハゼ常盤に雪の日にも咲き継ぐ(2016.1.11)
  灼けるほど熱き舗道に葛の花踏まれながらも伸びつづけおり(2015.9.7)
  大きな木小さな木にも雪間てふ気孔を穿ち大地息づく(日報、2015.3.2)
  十文字雄しだ姫しだ孔雀羊歯ひんやり涼し杉の林は(日報、2014.9.1)
  折り返す地点の印山百合の五本手折られただの草叢

熊岡 悠子
   夕闇の盆地のふちを来る電車体温のやうなあかりこぼして(短歌2011・4月号)
   山里の夜更けそこのみ明るくて稚児舞ふ花の冠ゆれる (短歌2011・4月号)
   山風にかつと火の粉散らすなり鬼の舞う庭を照らすたき火は(短歌2011・4月号)
    鬼が舞ふテーホヘテホヘ雪ちかき設楽の土踏みテーホヘテホヘ(短歌2011・4月号


窪田 空穂

   われや母のまな子なりしと思ふにぞ倦みし生命も甦り来る
   若き日の疲れ知らざるこころ癖なほも残りて老いを詫びしむ(「去年の雪」)
   雲よむかし初めてここの野に立ちて草刈りし人にかくも照りしか(まひる野)
   湧きいづる泉の水の盛りあがりくづるとするやなほ盛りあがる


小山 孝治   

   ゆで卵つるりと箸を滑りつつおでんの中を逃げてゐるなり(2021.1.12)
   分数の分母が分子を支へをり分父は何処にゐるのであらう(2020.3.15)
   雪の降る前の静けさ張りつめて空に広がる雲かぎりなし(2018.12.24)
   少年がふと呟きし言葉にて「いじめっ子でも友達だもんね」(2017.1210)
   曼殊沙華毒を含みて虫どもに喰はるることなく美しく伸ぶ(2017.10.2)
   日影より出でて来たれる黒揚羽日影の奥へ消えてゆきたり(2017.7.3)
   残り雪北方領土の形にて家の日陰にいくつかありぬ(2016.4.4)
   風渡るれんれん蓮根田んぼ径黄色い帽子の一団通る(2015.9.28)
   残雪の中より地蔵の顔出でて微笑みてをり早春の里(日報、2015.3.16

小島ゆかり
  
病院は古城のごとし母を置きひとり帰れる夜の背後に(六六魚)
   生もののシクラメン咲く冬の夜 恋せよと人に言はれてをりぬ
   転院しまた転院しわが父の居場所この世に無きがごとし (「短歌」2014・1月号「冠雪
   水流にさくら零(フ)る日よ魚の見るさくらはいかにうつくしからん(月光公園) (「短歌」2008・8月号) 
   糞をする犬をつつめる陽のやうなごく自然なる愛はむづかし(ごく自然なる愛) (「短歌」2008・8月号)
   いましばし言葉をもたぬをさなごに青き樹のこゑ、冽(キヨ)き水のこゑ(月光公園)(「短歌」2008・8月号)
   僧形のしほからとんぼ滑らかに往き復る宙(ソラ)の柱廊は見ゆ(獅子座流星群)(「短歌」2008・8月号) 
   雪と雪たたかひ降れば空葬の癒されざらん白骨は見ゆ「短歌」2008・8月号)
   もうなにもしなくていいよイチモンジセセリおまへは死んだのだから
(「短歌」2008・8月号)
   吹く風見てゐる。時間(トキ)の切り株に腰かけてゐる。わたしは誰だ。
(月光公園)(「短歌」2008・8月号)
   にんげんに生まれて虫の世を知らず草づたひ呑む露の味さへ (虫の世)(「短歌」2008・8月号)
   虫めがねで君を大きくしてあげる指をのぼれる七星天道虫
(虫の世)(「短歌」2008・8月号)

西 行 
   わきて見ん老い木は花もあはれなり今いくたびか春にあふべき
   嘆けとて月やはものを思はせるかこち顔なるわが涙かな
   かかる世に影も変はらず澄む月を見るわが身さへ恨めしき哉
   なべてなき黒き炎の苦しみは夜の思ひの報いなるべし
   いにしへを恋ふる涙の色に似て袂に散るは紅葉なりけり
   世を捨つる人はまことに捨つるかは捨てぬ人こそ捨つるなりけり
   心なき身にもあはれは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮れ
   面影に君の姿を見つるよりにはかに月の曇りぬるかな
   願はくは花の下にて春死なんその二月の望月のころ

斉藤 芳生
  砂の国の少年たちも驚かんいちめんにみどりさみどりの山 (「短歌」2008・11月号)
  鼻濁音濃く残しゐる女子高に高村智恵子も我も通いき(「短歌」2008・11月号)
  コロボックルのようにみており震災の後きのこより胞子降るさま(「短歌」2011・12月号「花あふれつつ」

佐藤 祐禎 
   放射線ただよふあたりの北空を折々ながむ避難せし地に 
   プルサーマルの炉が暴走せざりしを不幸のなかの幸とおもはむ 
   富み人も貧者もすべてひとしなみ放射能はすべてを奪ひ尽くして 
   いつ爆ぜむ青白き光深く秘め原子炉六基の白亜連なる(2004「青白き光」 「短歌」2013 6月号)
   夜水引くわれのめぐりに幾つかの蛍の舞へばあかりを消しぬ(「短歌」2013・6月号)
   人間のため遡上するごとき鮭あはれ捕えらるるも逃るるものも(「短歌」2013・6月号)

佐藤 千仙

   同級生戦友知人みな逝きて遠くなりたる娑婆を生きをり(2023.1.9)
   いく度も拾ひし命存へて百一歳の桜見しかな(2022.5.23)
   山裾は捨田捨畑多くしてわがもの顔に獣ら跋扈す(2020.12.28)
   ネム咲けばビルマ戦線思ひ出すマンダレー街の太き並木を(2020.10.20)
   すくすくと伸びる稲田に草は無し蛙も鳴かず蛍も飛ばず(2020.9.7)
   色気無し金無けれど声かけて呉るるひとゐて楽しく生きる(2020.8.24)
   今引きし字引の文字に点一つありやなしやに迷ひ亦引く(2020.5.25)
   電動車に充電しつつ考える午後の日程少し遠出と(2019.8.12)
   弟妹ら皆忽と逝く吾もまたさうありたしとねがひ生きをり(2019。8.5)
   備品無き旧式なれば吾が身体労りながら上手に用ふ(2018.6.4)
   過ぎしこと大方忘れ生き来しが命拾ひし戦野忘れず(2017.1.23)
   ふと覚めて雨の音聞く床の中雪にならぬを安堵し眠る(2016.1.25)
   戦友も同級会も絶えし今句友歌友に心安らぐ(2015.8.3)
   照れば映え降れば銹びゆく山の彩冬近ければ日々変りゆく(日報、2014.12.1)
   高山に雪を置いて来し風ならむ肌を痛く刺して過ぎゆく(新潟日報、2014.11.3)


佐藤 通雅

   ワープロのないころ「睾丸」を手書きしぬ「幸」しかとあるを知りぬそのとき(「短歌」2011・5月号)
   ビジネスホテルの窓の高さを白鳥がつばさ正しく翔んでゆきたり(「短歌」2011・5月号
   人をらぬ人の世をしも瑕疵ひとつなき満月がわたりとげぬる「短歌」2011・5月号
   冬の朝の散歩に見張り張られ完全無欠の月は輝く「短歌」2010年 月号 
   孤老不死の町ありデイの車来て何人も何人も掻き集めゆく (「短歌」2011年 1月号「路上」)


斉藤 茂吉

   茫々としたるこころの中にゐてゆくへも知らぬ遠のこがらし
   暁の薄明に死を思ふことあり除外例なき死といへるもの
   創造の元始以来のうつくしき神と共なるこの攻撃は(短歌2008・3月号) 
   秋晴のひかりとなりて楽しくも実りに入らむ栗も胡桃も(「小園」
   はるばると母は戦を思ひたまふ桑の木の実の熟める畑に 「赤光」明治38年
   月落ちてさ夜ほの暗く未だかも弥勒は出でず虫鳴けるかも 「赤光」明治40年
   けだものは食もの恋ひて啼き居たり何といふやさしさぞこれは「赤光」 大正元年
   みちのくの母のいのちを一目見ん一目みんとぞただにいそげる 「赤光」
   死に近き母に添寢のしんしんと遠田のかはづ天に聞ゆる 「赤光」
   のど赤き玄鳥(つばくらめ)ふたつ屋梁(はり)にゐて足乳根の母は死にたまふなり「赤光」
   あかあかと一本の道とほりたりたまきはる我が命なりけり「あらたま」
   機関銃の音をはじめて聞きたりし東北兵をわれは思ほゆ  「連山」昭和5年
   どしや降りの午後になりつつものをいふことさへもなく木瓜の実煮たり「小園」 昭和18年
   最上川逆白波のたつまでにふぶくゆふべとなりにけるかも 「白き山昭和21年
   梅の花うすくれなゐにひろがりしその中心(なかど)にてもの栄(は)ゆるらし「つきかげ」 昭和27年

斉藤 斎藤
 口語 現代仮名
   お母さん母をやめてもいいよって言えば彼女がいなくなりそうで (渡辺のわたし)(「短歌」2008・8月号)
   幽霊にゆかりのものまでピカドンがふっとばしてしまったのだろう(短歌2013・6月号)
   撮ってたらそこまで来てあっという間に死ぬかと思ってほんとうに死ぬ(短歌研究2011年7月号「証言、わたし」)

沢田 英史
  今俺は何をしてゐるヒトというこんな重たいからだをまとひ
   ことばもて象(かたち)となしてとどめねばこの身にこころ在りしもたまゆら
   風を分けーと入り来る鬼やんま夏の座敷を睥睨したり
   食客のくせに歯を剥く野良猫に言(ゆ)うてきかせてやらねばならず


三枝 昂史
   永遠のなかの刹那を歩みゆく空と大地に抱かれながら
   ゆつくりと悲哀は湧きて身に満ちるいずれむかしの青空となる
   「沖縄県民斯ク戦ヘリ」「「り」は完了にあらず県民は今も戦う (角川「短歌」2017 5月) 複層的な時間の流れ
   他を借りぬこころ危ぶみなお恃むヒヌク・クンジョウのヒヌクは辺野古(角川「短歌」2017 5月)
                    
*クンジョウは自分の力で生きていくこと
   甲斐が嶺に抱かれわれは若きらが親に先立つ世に生まれけり <昭和19年・0歳>
   「右左口行」バスという不思議ときおり逢いき平和通りに <昭和31年・12歳>   
   なんという帰郷であろう阿武隈の水に還りし円谷幸吉 <昭和43.24歳>
   方舟は多分どこかに今もある仙石イエスという時代のイエス <昭和55年・36歳>
   二年後にふっと癒えたる病あり苦しき四十代ではあった <平成4年・48歳>
   幾たびも坂をまがりて会いにゆく春の山盧に飯田龍太に <平成16年・60歳>
   シジュウカラに向日葵の種われに空メジロにミカン年が始まる <平成28年・72歳>
   山ふぐで手酌一献世の中に恋しきものはまだまだ尽きず(短歌2008・1月号)
   榛の木が霧を着ている 人であるわれはともかく夜の飯を食う(天目)(「短歌」2008・8月号) 
   中庭になつめがあまた実を付けて懸命という日々を思わす(短歌朝日2003・12月号)
   パソコンと電話機の子機辞書五冊昨日の末の年を始める(「短歌」2014・1月号「冠雪」)


渋谷 和子(新発田) 

   伐り木を「地に寝かす」とふ伐採業者の温き言葉に和めり(2023.11.20)
   糸の切れたマリオネットの形して男孫眠る盆の座敷に(2018.9.17)
   夫と来て風を聴きをり手放して荒む田の面を撫でゆく風を(2016.10.24)
   素足にて朝より厨に立ちてをり秋分とふ語の清しく(2016.10.10)
   夏の陽と風をいつぱい受けて育つ田の勢ひを子らよ見ておけ(2016.8.22)
   新任の峡に三年親しみて今に友在り老いたるどちの(2016.2.8)
   せせらぎの音も価格に入るらし峡のよろづ屋高値を維持す(2015.12.28)
   裏畑に鍬振るはよし遠き日に吾子の名づけし野良猫日和(日報、2015,1.12)
   言はむかたなき愉しさよ小坊主が千人並ぶごと豆萌ゆ(日報2014.6.16)

白石美千雄
  若き日の登山の雄姿折りふしに写真で見ては老いを励ます(2023.9.25)
  物言わぬ遺影の前で語り継ぐ長岡空襲生き延びて今(2023.8.28)
  右ひだり緩急つけて逃げ回る太古より生きる漢字(ゴキブリ)の知恵(2023.8.28)
  フルートの駒鳥に和し牛蛙池の中よりフアゴットを吹く(2023.7.3)
  三病に六錠を飲み朝寝して気力ととのえ屋根雪下ろす(2022.2.7)
  午前四時ベッドで推敲しておれば切れ字するどく蜩が鳴く(2021.9.20)
 
 廃村を埋めつくしたる葛の原崩れた納屋に唐箕と馬鍬 (2020.11.8)
  山に住む同じ命を慈しむ卵を抱キジ子連れの狸(2020.7.9)
  青竹を踏めば快気は足裏のつぼより走り脳天を突く(2020.5.4)
  いささかの体調不良も構わずに畑に出づれば土に癒さる(2019.11.29)
  「聞き耳ずきん」被り聞きたし秘やかに二羽の小鳥が梢に睦む(2017.10.16)
  ミサイルの騒ぎをよそに渡り来し白鳥の群V字を描く(2017.11.20)
  どこ見てもコンクリのない山暮らし土が息する水や草木も(2017.9.25)
  雪消えを待ちて引き抜く人参の紅鮮やかに精気あふるる(2017.5、1)
  雨の日は天のくれたる農休日雨読もせずにテレビ楽しむ
(日報、2014.12.22)
  里芋の大株起こせばびっしりと親が子を抱き子が孫を負ふ(日報、2014.12.1)
  縄文の石斧も出でしこの里で戦なき世を初日に祈る(新潟日報 2014.1.1)


杉江 正子
  
  朝五時に出かける夫を見送れば北斗七星空低くあり(2020.11.8)
  「まだ来んな」来たいと言う娘に返信すじわり広がる首都の感染(2020.10.11)
  コロナ禍のニュースばかりを繰り返すラジオを止めてチェロソナ聴く(2020.5.4)
  娘しか授からなかった吾なれど今は二人の熱血漢持つ(2019.1.7)
  全力で取り組むとまた言っている首相の全力いつまでもある(2018.11.5)
  思い出すそれが何より供養だと喪中ハガキに返事を書きぬ(2017.2.6)
  ケーキ屋のポイントカードに記された日付は全て我が家の記念日(2017.1.23)
  ご冥福お祈りすると書きながら死者の幸とは何か自問す(2015.12.28)
  チエロ弾くにふとニンニクの香りしてギョーザ包んだ指先を見る(2015.9.28)
  暁に街を歩けば自販機の明るさ目立ち夏が過ぎゆく(2015.9.13)
  目の高さに橙色の月浮かぶ近づきゆけば屋根に隠れる(2015.7.12)


鈴木正芳 
  愛犬の毛の草虱取りしあと長生きしろとゆつくり触るる(2023.12.4)
  桐は空へ藤は地面へ向きて咲く紫いろの里山の初夏(2023 秋 歌壇賞)
  家系図を逆さにして見てみればそこには吾のあまたの根あり(2023.9.25)
  まづ悲鳴次に凝視し最後には何枚も撮る玄関の蛇(2023.9.10)
  絡むひと泣くひとすぐに眠るひとウェブ飲み会もリアルと同じ(2022.4.4)
  師走には春待月の異名ありコロナ禍の無き春を待つ月(2020.12.7)
  夕暮の曼珠沙華咲く寺通り過ぎゆくひとに太き尾のあり(2020.10.20) 
  瀬戸内の穏やかな風想ひつつ安芸の檸檬を越後で搾る(2020.9.28)
  立秋の稲の穂はまだ垂直に誰の話も聞かぬ子のごと(2020.9.13)
  去年とは違ふ日本に今年また去年と同じ蟬しぐれ降る(2020.8.16)
  硯にも陸と海あり書初めの文字は海より産み出さるる(2020.2.9)
  詠むことができるか生きていられるか百歳の歌読みて自問す (2019.8.26)
  猿山を越えて象舎をまた越えて麒麟の股を通る春風(2019.4.1)
  土は皮膚草は髪の毛喜雨ありて生き生きとせる新潟平野(2017.7.31)
  歯磨きを終はりし河馬は春風を丸呑みにして水へと潜る(20184.23)
  土落とす毎に光の棒となり積み上げらるる小春日の葱(2017.12.4)
  看護師も銀行員も保育士も職業を脱ぎ浴衣で踊る(2017.8.21)
  置いてあるすべての月日が未来です二十九年手帳販売(2016.12.5)
  春浅き深雪の山の息遣ひ兎の糞と羚羊の糞と(2016.3.28)
  道路とは血管なりと痛感す大雪降りてパンも届かず(2016.3.14)
  善きことをひとつ記憶し悪しきことひとつ忘るる深夜の柚子湯(2016.2.29)
  歩くひと杖を突くひと走るひと雨後の陽の射す青葉の小径(2015.8.3)
  墓石売る店の近くに産科あり隔てなく降る春の霧雨
   しなやかにゆらりゆらりと腰を振り非常階段降りる恋猫(日報、2015.3.9)
  水澄める水面に鴨は着水し紅葉の山を壊して進む(新潟日2013.10.14)


相馬 御風
   ささやく如く 泣くごとく つもるかねたる 風情して やさしくも降る 春の雪

高野 公彦
   朝羽振り姉は飛びゆき夕羽ふり帰りこざりきこの庭の上に 
    *人麻呂の歌(--風こそ寄せめ 夕羽振る波こそ来寄せ--)
   やはらかきふるき日本の言葉もて原発かぞふ ひい、ふう、み、よ
   じわじわとアベは平和を虫ばむか戦死者たちが築きし平和を
   歩数に手一日を憶ふこの平和知らずに死んだヘイタイサンたち
   権力の強制ありてうたふなら全濁音でうたへ君が代
   この世より去るとき人は寂しさと恐れと悲哀もちて黙すや(「短歌」2012年 12月号)
   外に出ず腕時計せず而してわれは<無限の時>に近づく(「短歌」2012年 12月号)
   <止まない雨><明けない夜>はないといふすべてが変はり死ぬのは寂し
   ぬばたまの夜明けの床に匂はしきをみな思へり死ぬまで男(「短歌」2012年 12月号)
  泉下にて先考先妣吾を待てり亡児の細き骨も吾を待つ
{実景}
  無数なるいのち養ふこの星のオーラのごとし夕あかね空
  やはらかな大和の歌のひらがなのやうな息してねむるみどりご
  犬のあとを老人が行きそのあとを行くものあらぬ夕焼けの土手
  じだらくで野性味があり 花過ぎて葉のみ大きな秋の水芭蕉 (「短歌」2009年11月号)
  地のコスモス天の月輪そよぎ合ひ飯綱高原よる更けてゆく(「短歌」2009年11月号
{景}
  白鷺は鳴かず飛びをり天地の間身一つで生き身一つで死ぬ
  忠敬はなんば歩きをしたといふ速くて疲れないその歩き(2020.1月「短歌」)
  下総の伊能忠敬歩く人 なづきの中に輿地のある人  なづき=脳、名簿  輿地=地図、地球
  野性のひと金子兜太は暗黒の関東平野の火事を詠みにき
  骨太の金子兜太はふとぶとと書けり「アベ政治を許さない」
  ゆつくりとわれは近づく 水うねる定年といふさびしき淵に(「短歌」2010年 月号)
  沖縄の墓場に繁クワァディーサー人哭く声で伸びし木といふ
  冷や酒がのどをゆつくり下るとき青葦ひたす水を思へり
  いかフライうまいねといふ呟きの低くひびきて一人の夕餉
  物忘れ寂しき夜はさふらん酒飲みてさふらんの精と眠らむ
  日のひかりこまかにゆるるしづけさをこもれびと呼ぶやまとことの葉
  人と会ひ人と別れて新宿の街衢ゆくとき無限漂泊感<
  むらきもの心の中を刑法が狩ること、それが共謀罪法 (角川「短歌」2017 5月)
  姦淫の眼もて女を見るなかれその詞句われをそそのかすなり
  平井家の翁このごろ姿見ず在宅、入所、他界か知らず
  街をし来て風の淵より風の瀬へい出たる如くビル風に遭ふ(短歌2008・1月号)
  海底の魚ら群れ棲む廃船を魚城と呼びし船びとあはれ(「短歌」2012年 12月号)

<以下、「水の自画像」のⅠ群の中から、私の心情に合ったものを掲載させてもらいます。 
  岐路いくつありてその都度えらびたるわが道、今は一つ細道
  縄文の世の老いびと眼鏡なし病院もなし何処に生きしや
  ふるさとは帰る家なし伊予の海も伊予びとたちも優しきものを
  わが脳かくの如きか引き出しのなか雑然とモノが転がる
  友の死はわれの一部の死に似たり定家に詳しき学者加納氏
  生前も死後も時間は流れつつ何を運びてゐるや時間は
  玉かぎるほのかに未来ひらけたり歯を補修して医院出るとき
  ふるさとの町より西へ二十キロ伊方に白き巨獣がひそむ
  仏の座、踊り子草の見分け方知らぬも楽し春の土手ゆく
  ゆたかなるイグドラシルの葉のそよぎ、膨らむ宇宙、星の死、わが死  *世界樹
  時間とは神の息嘯(おきそ)か 万象を生むのも時間、消すのも時間  *ためいき
  対酌もまた独酌も楽しけれ酒はあるいは極楽落とし            *鼠取り機
  近江路を行きつつ思ふ湖の面の夜明けの金波夜更けの銀波
  老若男女ひとりひとりに沈黙の伴奏者ありその名<死>といふ
  老いびとの一日の軽さ譬へれば金魚すくひの円き白紙
  生き変はり死に変はりする生命の奔流の中に蝶も僕もゐる
  背を曲げて巻爪を切る苦しさの老キミヒコを誰も覗くな
  日本地図見つつ思ほゆ忠敬のまいにち十里歩く脚力
  伊能図と呼ばるる巨大地図を見て昏倒したりわがたましひは
  目をつむりエレベーターの中にをり行合神の疫病恐れて
  本当のわれに会ひたく歌を詠み、読みて本当のわれ見失ふ
  <ずれた歌に詠み込まれたのも、本当の自分かもしれない>とご本人
  人生まれ生きては死んで限りなく墓標、墓石の増えゆく地球
  なむワイン、なむ焼酎とつぶやきて夜ふかきころ羽化登仙す
  このいのち青年を過ぎ、老年となりて孤島めく
  科学といふ文字を料亭かと思ふ七十八歳老眼(かすみめ)なれば
   
滝沢三枝子

  柿の木に斑の初雪積もりをり高枝の鴉国見するごと(2018.1.8)
  さみしいとつぶやく間なし霜月はつんのめるごと日暮れの早し(2017.12.4)
  竹叢(たかむら)を透きて射しくる秋の日はおんぶばったの背(せな)を暖む(2017.102)
  フエルメールの青より青き日本海みどり腹這ふ佐渡島見ゆ(2016.8.15)
  太古より海に映れる己が影見つめて来たる月の孤独よ(2016.8.22)
  近づけば豆電球はぽつと点く待つていたのjかこの吹雪く夜に(2016.3.14) 
  一行目どんな文字から書き出さう初日記帳の穢れなき(日報2015,1.1)
  朝刊に我が歌載ればたちまちに胸から鳩の飛び立つ思ひす(新潟日報 2113.8.19)
  樫の葉に濾されこぼるる日の光鱗粉のごとわれに纏わ(新潟日報 2113.8.19)


田村 元

   旧友の一人のやうにビール瓶かたはらにあり汗をかきつつ(「短歌」2012 10月号「ラーメンサラダ」
   ほろ酔へば日々の疲れは徳利の裏へ回ってわれを笑ひぬ(「短歌」2012 10月号「ラーメンサラダ」
   サラリーマンは太鼓持ちではないけれどときをり持ちて叩くことあり(「短歌」2012 10月号「ラーメンサラダ
   居酒屋のメニューにすべて飽きるころ一生(ひとよ)もそつと終はるのだろう
      (「短歌」2012 10月号「ラーメンサラダ」

俵  万智   口語 現代仮名
  保護された秘密の子どもの歌ってる「あんたがたどこさ」「それは秘密さ」
  隠しても無かつたことにはならぬなり神隠しは神のみの業(「短歌」2014・1月号「アコークロー」)
  バンザイの姿勢で眠りいる子よ そうだバンザイ生まれてバンザイ(短歌2008・3月号)
  ぽんと腹をたたけばムニュと蹴りかえす な~に思ってんだか、夏(プーさんの鼻) 
  落ちてきた雨を見上げてそのままの形でふいに、唇が欲し
  「また電話しろよ」「待ってろ」いつもいつも命令形で愛を言う君 
  湯からあげタオルでくるむ茹でたてのホワイトアスパラのようだね 
  おさなごの指を押さえてこの淡き小さき世界のふち切り落とす
  私から生まれ私に似ているが私ではない私のむすこ (プーさんの鼻) 
  いつまでも眠れぬ吾子よ花の咲く瞬間を待つほどの忍耐 (プーさんの鼻) 
  朝も昼も夜も歌えり子守歌なべて眠れと訴える歌 (プーさんの鼻) 
  第一も第二もなくて人生は続いてゆくよ昨日今日明日(父の定年ープーさんの鼻) 
  愚かさは線を引くこと国と国、男と女、過去と現在(反歌・駅弁フアナティクープーさんの鼻)
  御破算で願いたいけどどうしてもゼロにならない男がいます(白い帽子ープーさんの鼻)
  排卵日に愛し合うことの正しいような正しくないような (卵ープーさんの鼻) 
  叱られて泣いてわめいてふんばってそれでも母に子はしがみつく(もじょもじょぷつりープーさんの鼻)
  納豆は「なんのう」海苔は「のい」となり言葉の新芽すんすん伸びる(木馬の時間ープーさんの鼻) 
  熊を使って人を殺してゆくゲーム三分で我は八人殺す(メロンープーさんの鼻) 
  十月の高原行けば夏の蚊と秋の蜻蛉と乾いた風と(弟の結婚ープーさんの鼻)


弾正 佼一
  韃靼の吾が血の騒ぐ夜にして風は西より黄砂を運ぶ(2020.4.6)
  水仙の咲く庭持つ我なりと思ひて冬は幸せになる(2020.3.30)
  早苗田に月の映れば恋するぞ恋をするぞと蛙が鳴けり(2019.6.17)
  電話一本だけで嬉しい父の日の鬣のないオスライオン(2016.7.11)
  大変ね震度七ねと炬燵にてテレビを見つつ茶を啜るなり(2016.5.2)
  え、ほんと脅かさないでと医者に問う通えばつぎつぎ見つかる病気(2015.11.16)
  我の名を忘れし亡父のいるような牡丹の香る夜の庭なり  
  兜虫孫の遊びに付き合って命をかけて戦っている(2015.9.13)
  日本もイスラム国ヨルダンも店番をすれば己の胸の洞の暗い奥へとオニヤンマ飛ぶ
(新潟日報、2014.11.9)
   置き忘れられしメジャーが卓上にぽつりひとりで遊んでいるよ(新潟日報 2008.7.13)
   散り終えし牡丹を慰労するように一葉一葉を包む霧雨(新潟日報 2008.7.13)
   広いひろい高い真っ青な空に浮く雲を見ている歯医者の窓に(新潟日報 2014.4.13)
   幸せを呼び寄せるとは限らないポストの中はいつも真っ暗(新潟日報 2013.3.18

塚本 邦雄
  金婚は死後めぐり来む朴の花絶唱のごと蘂そそり立ち(角川俳句2014.11)
  春の夜の夢ばかりなる枕頭にあゝあかねさす召集令状 『波爛』89年 
  突風に生卵割れ、かつてかく撃つ兵士の眼(短歌2008・4月号)
  日本脱出したし 皇帝ペンギンも皇帝ペンギン飼育係も
  海底に夜ごとしづかに溶けいつつあらむ。航空母艦も火夫も
  祖國 その惨憺として輝けることば、熱湯にしづむわがシャツ
  戀を戀する影繪のやうな心より頬染むるかに夕合歓の花 透明文法
  

土屋 文明
  鰤待ちの我には嬉し雷の轟く空と海の大時化(2015.2.16)
  くぐもりて少し靄ある朝空に鯖石黒姫のただあはあはし(「自流泉」s28.3 高柳 「越のうた散歩」より)
  終わりなき時に入らむにつかの間の後前(あとさき)ありや有りてかなしむ(「短歌」2009年5月 佐伯裕子選
  何を言ひても限りの中と思ひつつ年の始めはめでたしめでたし (短歌朝日2011・1月号
  無産派の理論より感情表白より現実の機械力専制は恐怖せしむ (「山谷集」)
  吾が見るは鶴見埋立地の一隅ながらほしいままなり機械力専制は

土屋 輝秋
 
  色づいた稲田を揺らし浜風がさわさわ渡り秋を華やぐ(2023.11.6)
  山の田に水の張られて幾つもの空が地上に輝き落とす(2022.8.7)
  天仰ぎ天に祈って雨を待つ農民我と蛙と作物(20197.29)
  波のなき春の海にも穏やか音あり気持やさしくなれり(2019.6.3)
  新たなる空気海より生まれ来て静かな村に春を告げ来る(2019.5.6)
  雪消えてしまえば枯れた光景の淋しき過疎の村が現る(2019.3.1)
  刈り終えた安堵に今宵腰すえて酒を飲もうと勇みおりたり(2019.4.15)
  家にいて鷗飛ぶのが見えるのも海辺の村の淋しき景色(2019.1.28)
  夏空の輝くむこう過疎の村岬の緑光って見える(2017.8.7)
  夕焼けが海面染めて村染めて老婆の顔を染めて春来る((2018.5.6)
  家なかのどこかで鳴く虫の声聞いてその名を知らぬ秋なり(2017.10.16)
  空からか海か大地かどこかしら春の匂いのたちこめてくる(2017.5.15)
  浜稲架をがっしり組めばその中に秋の海原すっぽり入る(2016.11.7)
  さわさわと実り豊かな稲の穂の揺れて匂いて秋盛りゆく(2016.11.28)
  海凪いでまぶしき青の広がれば春の息吹の潮の香あふれる(2016.5.2)
  過疎村の夜の静けさせめてもの海鳴りの音のありて救わる(2016.1.11)
  盆過ぎて空より青い海原となりて島辺は秋の表情(2015.9.28)
  雨降れば蛞蝓顔した我は蛞蝓さがす梅雨の日の朝(2015.8.24)
  植え終えてしまえば畦の蛙にも会釈をすなり気持ち安らぎ(2015.7.12)
  冬晴れを授かりし日は雪の野に立ちて青凪ぐ海を見てゐる(2015.3.23)
  寒鰤が刺身照り焼き大根と卓を占めれば飲まずにおれぬ(2015.1.1)
  ゆく夏の過疎の村々染めぬいて夕陽真っ赤に海へと沈む(新潟日報 2014.11.9)
  冬の夜の静かな音は確かなる雪の降る音積もる音(2014.4.13)
  蜩の鳴き出せばなお過疎村に寂しい空気漂ってくる(2013.9.8)
  畦草を刈ってしまえば借金を返し終えたように安堵す(2013.9.8)

時田 則雄  
 
 針桐の花影に微笑める妻四十年共に生きて来し人
  行きて戻らざる人の顔の数かぞふる星の降る夜更け
  人生の結実すなはち孫である その名は拓馬 笑顔眩しい
  石くれよおまへに訊きたいことがある億年前の空の深さを
  漆黒の闇がゆつくり溶けて樹が現れてまた今日が始まる
  午前五時 流れる雲だ、揺れる木だ 俺はバックホーと一体である
  満天の星だよ そつと枝伸ばし枝をからめてささやく木だよ
(短歌、2014,4月)



中島 貞男  

  この次は人に生まれておいでよと妻は小鳥に餌を与へる(2020.8.16)
  園児らの腹の底から絞り出すコーラスの声揃わぬも良し(2020.3.15)
  米袋持ち上げますよと腰に言い一呼吸しておもむろに持つ(2019.11.25)
  スーパーで妻にはぐれて立ち止まる来るとき妻は何を着ていた(2019.7.29)
  白内障手術を終えた妻の言うあなたの嘘も良く見えますよ(2019.6.24)
  自転車が許可となりたる梅雨晴れ間孫ら溌剌つばめのごとし(2018.6.4)
  わが人生バラバラ漫画のようなれど一日欠けても今日には至らず(2018.7.2)
  手が滑り地面に落ちてグシャグシャの西瓜が叫ぶこの馬鹿たれが(2016.8.22)
  車では見落としていた風景を拾い集めて二時間歩く(2016.3.7)
  二つ三つ持病はあれど故郷の地酒届けば二合いただく(2015.9.28)
   雨の日はポストに傘を差し向けてハガキをそつと差し入れる(日報、2015,3,2)

中村 アコ
  大木に白い花々咲き満ちて白い砂漠になほ雪が降る(2022.2.7)
  「給料八割ほどは我慢代」この言葉知りわれ納得す(2021.5.17)
  エアコンの稼働している音に合わせコオロギ歌う夜は秋(2020.9.21)
  沢山のかけ違いして生きているが最後はたぶんパチンとはまる(2018.5.14)
  前向きの仮面を取れば悲しみに俯きながら眠れない夜(2017.12.18)
  病院のカーテンの色は海の色私はいつか人魚になりぬ(2017.10.16)
  花魁のかんざしのような百日紅枝の隙間に秋の気配す(2017.9.10)
  半月のツンと澄ました裏側に喜怒哀楽の別の顔あり(2017.73)
  明日から天気予報はどこも雪日差しきらめく今日は賜り日(2017.1.30)
  菜の花は飾ってもよし食べてよしおぼろ月夜の似合う花なり(2016.5.2)
  白梅と白い椿の競演は今清らかな静寂(しじま)を奏でる(2016.3.28)
  風の音激しくドアを震わせて春が来たこと拒んでるような(2016.3.16)
  銀の月鋭さを増し凍りつく他人のような冷たい横顔(2015.11.23)
  「負けたくない」そう思うことが負けているそんな私とそんな毎日(2014.2.24
  ハッとする蒼さが涼を運びくるつゆ草の命は一日限り (2014.9.8)

永田 和宏  
   *
自らが生きているという<この時間>をなんとか歌にしたいという欲求がひしひしと感じられる歌が断然多い。
     (短歌2008・2月号)  
   呼び捨てに呼びいし頃ぞ友は友、春は吉田の山ほととぎす
   あつと言ふ間に過ぎた時間と人は言ふ それより短いこれからの時間  (「短歌」2008年 10月号)   
   時間が癒やしてくれますからと人が言ふ嫌なのだ時間が君を遠ざくること (二人の時間)
   意味もなく日にいくたびも君の名を呼びて働く掛け声のごとく         (二人の時間)
   ある日ふと人は消ゆるなり追いつけぬ時間はつひには追いつけぬまま   (「短歌」2008年 10月号) 
   「場違いに出てしまひやした」というやうな比叡の肩のまんまる月      (「短歌」2008年 10月号)
   そろそろかいやまだまだかまんじゅしゃげいつまで生きてもひとりはひとり (「短歌」2012年 12月号)
   花散らすことなき花のまんじゅしゃげ風に揉まるるしどろしどろに       (「短歌」2012年 12月号)

永田  紅  
   鳥柱この世につづくまたの世のあるごとく空を捩じりていたり
(「短歌」2011・5月号)
   贅沢はもういいなとそれほどの贅沢も知らぬわれは呟く(角川短歌 2012.12月)
  上澄みを生きているのはつまらないアメンボ飛び出すときの脚力(角川短歌 2012.12月)

南雲 悦子 
    水道の修理終へたる若者は水勢確かめ蛇口磨きぬ(2024.1.22)
   志賀高原飯綱安曇野信州の旅の思ひ出林檎噛みしむ(2024.1.8)
   身長は加齢とともに縮まりて夏空高き向日葵見上ぐ(2023.7.31)
   花辛夷見上げて思ふ初任地の分校ありし山峡の春(2016.4.25)
   ひとり居の無職であればあっけなく国勢調査の記入終わりぬ(2015.11.16)
   道路へと枝垂るる宮城野萩の花子ども神輿の触れて零れぬ(2015.10.12) 
   鉦叩き叩きやまざる一夜明け窓辺に小さき姿見つけぬ(2015.9.28)
   銀鼠の皮を冠りし辛夷の芽風の光にかがよふ(日報、2015.3.9)
   過ぎ去りし時間これから来る時間カレンダーには時間が流れる(2015.4.13)

村山 文子  
    雪道に珊瑚の玉かと見紛ふは吹雪に散りし赤き南天(2022.2.7)
    手術終えはじめて立ちたる病室の窓のかなたに碧き佐渡見ゆ(2021.12.12)
    見下ろせば河岸段丘蕎麦の花やさしく揺るる秋の白なり(2020.11.16)
    「オーライ」と外野手の声聞こえきて観客なしの試合もたのし(2020.8.16)

    夕立晴ためらいがちに蟬鳴きて猛暑の夏のはじまりを告ぐ’2019.9.2)
    「ストレスも悩みも生きていればこそ」ぽつりと老いたる医師は呟く(2019。8.19)
    病ゆえ行けぬ今年はなおさらに燃ゆるを想う草もみじ尾瀬(2018.11.5)
    秋の陽に有刺鉄線きらめけり暮らしと原発隔てる道に(2018.4.8)
    肩パット付きたるスーツ並びゐる仕事もちし日の形見のごとく(2018.1.29)
    誕生の記念に植えし白木蓮ことしも咲けり子は四十路生く(2017.4.17)
    今日は今日の命いとしみ生きなんと二合ばかりの米をとぎつつ(2017.1.23)
    尾瀬ヶ原池塘に映る夏空をあめんぼう過りて雲に乗りたり(2016.8.22)       
    たったひとつ朝日に映えるうれた柿秋の終わりを佇みて見る(201612.19)
    今日は今日の命いとしみ生きなんと早朝散歩の靴ひも締むる(2016.8.15)
    降り止まぬ夜更けの雨はさまざまの逢いたき人を想いださせり(2015.10.12)
    山かげにまだ雪多き松代の友送りくる太き山うど (2015,7.12)


道浦母都子
 文語 現代仮名遣い
  素っ気なく無表情なる海の青いつかいのちの還りゆく青(角川短歌、2018.5月号。王子と皇子)
  独り暮らしで二十日を臥せば孤独死の大原麗子の末期迫り来
  有馬皇子の死の瀬戸際に紀の海は声なく泣いて波立ちいしか
  気分少し向上 秘薬いえ常備用安定剤効きはじめたか(2016.4月)
  飢餓 貧困 原発 難民 テロリズム 地球の傷はわたくしの傷(2016。4月)
  解体はマジックのようたった二日で隣家なくなる(短歌、2014.11月号)
   嫌いは嫌い 嫌いは憎む 憎むは殺す エスカレートする言葉の自力(短歌、2014.11月号)
   祈り込め細く鋭く削りゆく鉛筆よ明日はお前の日なり (18歳)
   試着室に閉じ込めれれて秋物のジャケットはおる夏を脱ぎ捨て
   新しき服のタグ切るよろこびを花の開花にたとえてみたし 2014.1月号「くるぶし」)
  迫りくる楯怯えつつ確かめている私の実在(「無援の抒情」)
  炎あげ地に舞い落ちる赤旗にわが青春の落日を見る(「無援の抒情」)
  今だれしも俯くひとりひとりなれわれらがわれに変わりゆく秋(「無援の抒情」)

宮 柊二 
   地にきこゆ斑鳩のこゑにうち混りわが殺りしものの声がするなり
   はるばると君k送り来し折鶴を志那女童の赤き掌に載す
   瑠璃色の珠実をつけし木の枝の小現実を歌にせむかな
   ある刹那心たかぶる先生はみづからの家を持ち給はざりき
   松の梢(うれ)いささか霧ふ昼しづかかかるときガリヴァアは現(い)でこぬものか
   昼間みし合歓(かうか)のあかき花のいろをあこがれの如くよる憶ひをり
    おそらくは知らるるなけむ一兵の生きの有様をまつぶさに遂げむ(小紺珠)
   帯剣の手入れをなしつ血の曇落ちねど告ぐべきことにもあらず(小紺珠)
   老びとの増ゆといふなる人口におのれ混じりて罪の如しも
   悲しみを窺ふごとも青銅色(せいどう)のかなぶん一つ夜半に来てをり
   ひきよせて寄り添ふごとく刺ししかば声も立てなくくづをれて伏す(小紺珠)
    おもかげに顕(た)ちくる君ら硝煙の中に死にけり夜のダリア黒し
    たたかひの後を生きつつ身に疼くくらき痛みを語りあへなく
   青春を晩年にわが生きゆかん離離たる中年の泪を蔵す
    秋の雨避けて入りこしデパートの我を許さぬかがやきに満つ
   あたらしく冬きたりけり鞭のごと幹ひびき合ひ竹群はあり(多く夜の歌)
    ならざりし恋にも似るとまだ青き梅の落実(おちみ)を園より拾ふ
   山鳩は朝より森に鳴くなれど然(さ)は悲しげに鳴くこと勿れ(純黄)
   ねむりをる体の上を夜の獣穢れてとほれり通らしめつつ
  

橋本 喜典
  
さうなのか自分の生きてきたこれが人生といふものだったのか
   見えない 聞こえない 情けない ないものはない 今朝一点の雲もんまい
   悲劇より喜劇でゆかう頓珍漢老々劇場主役のふたり
   渡りきるわれを待ちゐる数台の運転手君にステッキを振る
   働くといふよろこびに幾年月隔たりてただに恩愛に生く
   折り返しの地点はあらず失明への道違はずつづく
   「かはいさう」とは使へないのだと水木しげる氏無残に死にし戦友のため
   笑へない ごつこ遊びの一つにて兵隊ごつこありき昭和に
   雪に血の飛びしころ悲壮なる「昭和維新」のうたはありにき
   認知症かつては恍惚の人とよばれ嫌がらせの年齢はそれより以前
   高校三年生 なんというフニャケタ唄だと怒りが・・・異様な体験 (角川「短歌」2015.12月. 欧州は冬)
   老・病を挟みて生死を人間の実相として観し人ありしなり
   老といふ怪獣われに棲みつけり歌詠むわれの親友ならねど
   人間の脳の破損を思わせて電子辞書いま終焉の雨
   ゆく雲に「時」ばかり見て立つわれはうごかぬ石のかたはらに立つ
   而して今を観ぜむ冬木立枯れ木立われは歌詠む木立
   八十八の翁となりぬ人笑めば我も笑みては賀詞(よごと)をかはす(短歌2008・3月号

馬場あき子  
   かく言はば子等一せいに笑はむとはかりごと立て廊下を曲がる
   --かたちを与えて残しておきたい。 (略)個々の場を踏まえてうたい出されたそれが、
    (略)新しい普遍となってゆくのは、何とすばらしい・・・--塒-

{心景}
   生きてあれば崖つぷちといふことも知る最後の崖は未知の死のこと(2020.1月。角川短歌)
   六十余年ともに生きたる春秋や言はで思へば深き淵なり(「短歌」2018.5月号)
   風景は沈黙という智恵を持つあらたまりあらたまり今日に及ぶを
   さまざまに人のいのちは終りゆきわが終わりのみ知らぬ安けさ (「短歌」2009年7月号) 

{実景}
   感染者三百越える灼熱の街の地下なる鈴虫の声
   第二波か否か三十五度越えの街を戦場のごと踏みてゆく足
   朝七時約束のやうに咲いている朝顔の辺に雀きてゐる
    萩の花くれなゐ眠るま夜の空ただ月渡るほかなにもなし (短歌、2014.11月号)
   降り出した彼岸の雪の濡らす地にそつと死にゐしてんたう虫は(「短歌」2018.5月号)

{ 景}
   風立てば千万の種蒔ける炎のこえて炎のかたちのぎしぎしの花 (新潟日報2011.7.25)
   
愛しきやし若葉はそよぎかがやくを初夏の落葉をわれは掃くなり(つぶやく短歌)
   演歌のひとしぼりだすやうにうたつてゐるいのち!いのちよ永遠ならねども
   自粛せしわれの時間のかたはらにつばめは育ちつひに発ちゆく
   つばくらめ空飛ぶ我は水泳ぐ一つ夕焼けの色に染まりて
   沈黙はたやすきことか鳴かぬ亀声なき兎夜に咲く花(角川俳句2014.11)
    一羽のみ生きて哀しきふくろふの身の上問ふな木枯らしの森  
    虫のにほひする少年がゐたころの夏に会ひたし虫買ひにゆく(短歌、2014.11月号)
    はろばろと十五夜の月昇れるを空爆を拡大するといふ空(短歌、2014.11月号)
   語ることばしだいになくなりぽつねんと茫々と物を思ふ蓑虫 ( 短歌、2014.11月号)
   東北に何かゆるされたくて来ればもみぢを飾り山は立てりき(短歌2012・1月号 夜泣きふくろふ


樋熊きよい   
   一枚の浴衣ほどけばふる里の鎮守の広場脳裏に浮かぶ(2023.12.4)
   少年の亡き子に名前教わりし金ぶんこもるを外に出しやる(2023.7.31)
   わりし古代からの便りのやうなうれしさよカラーが臺む三年ぶりに(2022.7.18)
   かんぞうの黄みどりの芽を摘みて食む春の証を酢味噌に和えて(2022.5.)
   両眼に涙をこぼすウクライナの幼な子、目先に黒煙上がる(2022.4.4)
   湯がきおるほうれん草の真緑に春への憧れ募る厨辺(2022.1.31)
   逝きて早やひと月経つに「ただいま」の後にかならず犬の名を呼ぶ(2021.12.27)
   見上げれば四方の空に雲なくて包まれてゐるわが身と思ふ(2021.11.14)
   かたつむり殻ごと二つ絡み合ふ密を慎むコロナ禍の地球で(2021.9.6)
   甘き物あふるる世にも桑の実に寄る子のありてなぜかうれしき(2021.8.15)
   大相撲前列にゐる観客の着衣動作に空想広がる(2021.8.9)
   除雪車が積み上げ作りしエベレスト穂先溶かして春雨の降る(2021.4.5)
   雪止んで空深海のごと青し疫病の気配どこにもあらず(2021.2.16)
   白鳥の飛来のニュース届く日にサフランが咲くうすむらさきに(2020.11.16)
   蓑借りる人も来たらずわが庭の山吹散りて春は過ぎゆく(2020.6.8)
   地中から巻紙のやうに現はれる春の文ですチューリップの芽は(02020.4.6)
   眉と目を入れたいやうな三ケ月がゆっくり上り暮るる初秋(2019.9.23)
   うかららの一人も居らぬふる里に父母の墓石撫でてもの言ふ(2019.8.12)
   庭の木に一途に啼ける蟬見たりヤンマも見たり夏に逢ひたり(2019.9.2)
   たった今海から上がって来たやうな夏雲湧けり農道の上(2019.7.21)
   乾し上がり袋に納う薇に「令和元年五月」と書けり(2019.6.9)
   炎天の地球の熱の治まらぬ宵に仰げる赤い星火星(2018.9.9)
   一昨日聞いた犬の名またも聞き朝の散歩は今日も新し(2018.7.17)
   小狐が手袋買ひに来るやうな深夜の里に灯るコンビニ(2017.1.30)
   それ詩句それぞれが小さな主張しておらむ野菊、みぞそば、犬たでの径(2016.11.21)
   薄紅を広げ華やぎしさと桜思慮する緑となりて静もる(2016.8.1)
   山百合が道に手をふるごとく咲く人の影なしふるさとの夏(2016.8.22)
   雪のせて猶も咲かむと軒下に八つ手の花の白きぼんぼり(2016.2.29)

  以上は、私が新潟日報の日報歌壇をよく読むようになってからの「お気に入りの短歌」、
  以下は樋熊様の著書「山鳩が呼ぶ」の中から、ご本人の了解を得て(2021.6.25日)掲載するもの
<自然>
  ・我が生れし跡地を萱草の覆ひつくして梅雨盛りなり
  ・強き意志持つごと流るる雪解けの川がうがうと瀬音の高し
  ・とどまれる木陰もあらず冬の月雪の野原を煌々と照らす
  ・どつしりと穂を孕みたる田の面は母性のやうな静けさを持つ
  ・おうおうと朱の大筆を引くごとし太陽が描く夕あかね雲
  ・鍬を持つ手赤蜻蛉に貸しやりて我はしばらく雲を見てゐる
  ・大きなる安堵のごとく雪降りてざわめきゐし野は白く鎮もる
  ・月の夜は汝も下り来よ長椅子一脚備え置きしに

<草花、生物>
  ・刈取りを終へて立ち去る田の畦に嫁菜の花の白き夕暮れ
  ・ごみ山に咲いても我が身正すかに花びら反れる白百合の花
  ・山鳩は一途に鳴きて誰呼ばむ呼ばれてみたき太きその声
  ・土中より綿現はるるこの神秘思ひつつ刈る山のぜんまい    
  ・億光年の星の屑かも降りて来る蛍は青き光を抱きて
  ・行く夏の土手に茎立ち韮の穂は線香花火の火薬を抱く
  ・犬ふぐり宴してゐる土手に来て私もしばらく宙色になる
  ・民族衣装で踊る娘の輪のごとし秋陽のなかに百日紅咲く
  ・落花見て開花を知りぬ沙羅の花乳房のやうなる莟があまた
  ・一羽二羽と数へて楽しほそ茎に群なして咲く鷺の鉢
  ・小さなる地蔵菩薩の形して福寿草現はる雪の下から
  ・麗人(よきひと)の訪ね来たりて去るごと花びら崩して牡丹は終はる
  ・春耕の季はきたるに放棄田鋭き葦の芽が起立する
  ・炎天下気根萎えたる窓に来て今日を歌へとみんみんの声
  ・紅芙蓉に黒きドレスの揚羽来て我が狭庭は華やぎにけり
  ・すつぽりと蛍ぶくろに身をかくし至福なるべし蜜蜂の夏
  ・荒草に絡まりて咲く昼顔の優しき紅にヤンマは憩ふ
  ・ぎしぎしの花あかかと放棄田耕されたき思ひのやうに
  ・ひと時の静止になにを思ふらむ土蔵の壁にはり付く蜻蛉(あきつ)
  ・霜枯れの野に咲き残る紅の菊叶はなかった祈りのやうに
  ・こんな赤に咲いてごらんと遅咲きのアマリリスが咲く梅雨明けの朝

<草花+生き方、生き様>
  ・黄色でもこんなに深く燃えますと老いに語りくる朝の公孫樹
  ・深々と積る公孫樹の葉を踏んで今日一日は詩人に成ろう
  ・老いの日も色はありたし雪の街に黄色さやかなフリージアを買ふ
  ・植ゑるとは未来を持てることならむ芝桜の苗四十株植ゑる
  ・莟上ぐる蘭に支柱を立てやらん明日やることのあるはうれしき
  ・こまごまと春の花苗植えし夜は夢ある人となりて眠りぬ

<人間・生き様>
  ・捲りゆくひと日ひと日に短歌(うた)あれよ新しき年の暦を掛ける
  ・悲しみを背負ふ運命(さだめ)と知らずして若かりし日は夢多かりし
  ・若き人に転倒するなと注意され改め思ふ我は老人
  ・両足の付け根づきづき痛みたり取り替へできぬかタイヤのやうに
  ・「ご自由にお取り下さい」立札に主偲ばせ黄菊咲きたり(日報佳作)
  ・「困ることなきか」と訪ひくる駐在さん老いを嘆けば声立て笑ふ
  ・妻の裸像書き残して帰らざる六十余年未完のままで (無言館)

<ご子息のこと>
  ・夕暮れに一途に鳴ける山鳩よ我にも呼びたき子が黄泉にゐる
  ・亡き吾子の肩に手を掛くる思ひにて墓石を撫でる半年ぶりに
  ・墓掃除終りて休む我が前によちよち来るは鳩か亡き子か
  ・一丈の雪積む嘆きはまだ軽し子を逝かしめし悲しみよりは
  ・逝きし子も蛍となりて宿とれよ蛍袋の咲ける我が庭

<命>
  ・枝割れの傷を持ちつつ咲く花の切なき紅を息詰め仰ぐ
  ・こんなにも小さな命人は食む三センチの鰺唐揚げにして
  ・適切の言葉などなしいちじくの甘露煮手渡す癌病む友に    

<時>
  ・縄文の丘にかかれる茜雲太古も今も朝は新し
  ・はるか世の人の営み懐かしき国宝の出でしこの丘

<社会>
  ・独り立ち促されしや柿採りて哀れ小熊は射殺されたり
  ・仏教は家内に教会持つと言ふ僧侶の説教ふかく頷く
  ・鮭帰へる石狩川を走り来て北の「愛別」地名は哀し
  ・行けど行けど基地の金網続きゐて沖縄の民の叫びが見ゆる


藤   三冬   
    いつせいに鳴きだすみんみんいつせいに鳴き止む夏の森の深さよ(2023.9.4)
   くるりんと鋏まはして考へるつぶらな目をした小さな沢蟹(2023.8.7)
   泥川の閻魔のやうな顔をして吊り上げられた憤怒の鯰(2023.7.17)
   雑木林の小枝の先に揺れてゐる浅黄色なる山繭一つ(2022.5.23)
   三日間放り置かてワッと出た雀斑だらけのバナナが匂ふ(2022.8.18)
   夕焼けが似合ふレンガの傾り坂赤いポストに手紙を落とす(2022.8.7)
   真っ白な冬がこんなに詰まつている冷たい大根ザクリと輪切る(2022.2.7)
   聞くためにある両耳は聴えずとも外見は良しマスクがかかる(2021.12.27)
   翼とも鰭ともなり得ぬ両腕にレジ袋下げ妻と買い物(2021.11.22)
   ムダ花をもたぬあはれ枯れ枝に小さき実残し茄子の刈らるる(2021.10.25
)

福井 和子
   音たてて木の橋ゆくはわればかり蝶も蜻蛉も影のみ渡る 「短歌」2008・11月号)
   忘れたき忘れたくなきくしゃくしゃと紅さるすべりあつまでも咲く 「短歌」2008・11月号)
   うつとりと交尾の夢など見てをらむ元日の空に融けそうなクレーン 
(「短歌」2008・11月号)

堀口 大学
   もろともににがき木の芽をふくめるもまたはたとせの思ひなる
   田端屋の木の芽は淡しほろにがし人間の世と似たるがごとし
   あでやかに昔のままにおはしますうれしやと言はん苦しとは言はん

吉川 宏志    
   青きタイル散らばり春の陽を浴びる七百人ここに死にしと聞けり(昼だけの町)
   半分に切られし虫がまだうごくように日常は続いておりぬ(昼だけの町)
   他国から見ればしずかなる的として原発ありや雪降る浜に(2016.4)
   血に係る枕詞は「あかねさす」なりや或いは「御戦みくさの」かも(2016.4)
   蛇の髭の青黒き玉転がれり忠魂碑たかく立てる土台に(2016.4)
   みずからに餌を与える心地して牛丼屋の幅に牛丼を食ぶ(2016.4) 
   天皇が原発をやめよと言い給う日を思いおり思いて恥じぬ(燕麦)
   秋の雲「ふわ」と数えることにする一ふわ二ふわ三ふわ     (曳船)
(「短歌」2008・8月号)

与謝野晶子  
   砂山は優にすぐれしものもなく悪しきもあらず北海の前
    砂山は肩を竝ぶる大いなる甕(もたい)のごとし岩船の濱
    うしろには出羽の山も重なりて雲濃くうすし幾つの岬
   沙丘にも身の白き魚住む如く雲ぞはひたる磯より見れば(汐見荘の句碑)
   いとせめてもゆるがままに燃えしめよ かくぞ覚ゆる暮れて行く春


米川千嘉子
   大銀杏・刈り田・柿畑こまやかに海霧這いて巻きゆかむ(「短歌」2014・1月号「海霧」)
   被災の子の卒業の誓ひ聞くわれは役に立たざる涙流さず
   灯らねどなほ熱を生み苦しめる原発にまた夜は来て隠す
   二0000にも近き命を津波のみ三0000の自死者をのむものはひそか
   匿名無数のこころはひとりの青年に噴きてこころは死にながら刺す 
   綾蝶(あやはるべ)くるくるすつとしまふ口ながき琉球処分は終はらず
   相模のや浜に積まるる蛸壺にするりと入る花の夕闇
   あきらめきれずあきらめきれずとうたひたる人のごとくに膨るるさくら(「短歌」2013年6月号「あやはるべ」)
   苦しみて告げし一語もためらひも草の香も君は忘れむいつか(夏空の櫂)

渡辺 康一
   俺は捨てるお前も捨てろなら分かるけれどお前だけ捨てろは虫が良すぎる(2018.9.9)
  先輩の様見て思ふ百歳まで生きたくもあり生きたくもなし(2018.8.6)
  荒浜とふ広大な不毛地に立地せる原発は終夜煌々とあり(2018.1.15)
  歩道なき国道の端肩すぼめ咆哮疾駆の車におびゆ(2017.11.20)
  文人(シビリアン)が軍人よりも好戦的な米国に似てきしわが日本は(2017.6.11)
  かつて鬼畜と言ひしが今や一番の仲良しとなる隣国よりも(2016.5.2)
  真夜中のトイレにみればこれは凄い西に落ちゆく満月の華やぎ(2015.12.28)
  刈羽郡刈羽村純農村豪華施設あり原発立地村(2015.9.21)
  ある程度割り切らなければ進まずと割り切られたるフクシマ悲し(新潟日報 2114.9.8)


渡辺 幸一
  
  戦争を平和と読み替へオーウェルの予言のごとき国になりゆく(角川「短歌」2015.12月. 欧州は冬)
   
NHKが伝へぬ国会包囲デモをBBCのニュースにて知る(角川「短歌」2015.12月. 欧州は冬)
   
冗談・ジョークではなかりきナチスに改憲の手口学べといひし言葉は(角川「短歌」2015.12月. 欧州は冬)
   
群れたがる男は真の友人を持てぬと信ず今なほわれは(角川「短歌」2015.12月. 欧州は冬)
   たましひの透き通りゆく心地せり月夜に井戸の水を飲むとき(角川「短歌」2015.12月. 欧州は冬)
   
月光が刃(ヤイバ)の青さで照らしてゐる霜夜の道を歩みて帰る (「短歌」2008・11月号)
 
   夜半(ヨハ)に来て鳴く狐あり生きてゆくは寂しきことぞ人も獣も(「短歌」2008・11月号)

若山 牧水
  酒やめてかはりになにかたのしめといふ医者がつらに鼻あぐらをかけり(短歌2008・10月号)
  われに若しこの酒断たば身はただに生けるむくろになりて生くるらむ (短歌2008・10月号)
  足音を忍ばせて行けば台所にわが酒の壜は立ちてまちたる (短歌2008・10月号)

 

天尾壮一郎 焼き鳥の最後の肉を食べるとき横に咥へて横に引きたり(2022.4.4)
        真上よりガラス戸揺らす冬の雷いよよ越後に初雪近し(2021.12.20)
        引力に逆らふやうに春の雪のらりくらりとためらふ着地(2017.3.27)
        無防備な尻を露わに花に入るアカシアの蜜吸ふ蜜蜂は(2018.5.14)
        上空にマイナス五十度の寒気あり山峡の村雪に沈みぬ(2018.2.4)
        軟骨の消耗ありて痛む脚年齢相応と医師の冷たし
(2016.12.5)
会津 八一  
あめつちにわれひとりゐてたつごときこのさびしさをきみはほほゑむ
相沢 光恵
  飛行機も鳥も横切る窓一つ雲がひろがるあかねの日暮れ(角川短歌2014.12)
         笑うともなくとも映る月と遇う夜の窓なり冬のたまたま(角川短歌2014.12)
相川 悠子   赤城の山近づきくれば男らの月が出てゐる舞台の月が(日報、2014.2.24)
秋山美喜雄 
静かなる初秋の夜の独り居の遠く微かに鈴虫の声(2015.10.12)
         朝早く渓流に来て洗顔す対岸に聞く駒鳥の声(2015.9.21)

秋葉 四郎
  新雪を淡くいただく蔵王見え茂吉の森の紅葉きはまる(2020.1月 「短歌」)
         夏あつきころの体験も厳冬の遭遇なども邯鄲の夢(短歌2018.5月号「雪中悲報来」)
         わがながき生のうつつは分裂と矛盾とありて安定を得き
         しんしんと降る雪深くなりくれば少年茂吉育ちししじま
         いつさいの音をしづめて世の中の汚れ人の醜さ消し雪の降る
         降りしきる雪見守れば休息をとる如くにてひとしきり止む
         暮れやすき蔵王の天に冴え顕つ赤き条雲(すぢぐも)黒きすぢぐも
(短歌2014.1月号「すぢぐも」)
         目の前は緑てる嶺やや離れ青の嶺さらに藍藍の嶺嶺(「短歌」2010年 月号)

足立 晶子   さくらさくらさくらさくらと水の輪の広ごるやうにとほくまで見ゆ  『ゆめのゆめの』(95年
浅野 章子  ひこばえの田に小白鳥群がりていとしと思う吾も北の人(2024.1.22)
浅野 和子
  珈琲豆コスタリカ産と決めて挽く武器もたぬ国と知りて久しき(短歌2008・2月号)
安立スハル  踏まれながら花さかせたり大葉子もやることをやつてゐるではないか(「短歌」2009年7月号ー高野公彦『うたの光芒』の
阿部エイコ子 短夜のひととき過ぐる肘枕網戸抜け来る風の涼しさ(2015.9.28)
阿部 はじめ 幸福の白い雀がいるという生きにくかろう目立つがゆえに(2015.4.13
阿部 チエ   追い越して杭に止った赤とんぼ秋が来たねと頷きており(2017.9.25)
         たっぷりと秋陽を吸うてふくらんだ今宵の蒲団は王者の寝床(2015.10.26)
阿部  綾   ビルひとつ壊され広き夕空を一羽もこぼさず椋鳥渡る
阿部真千雄  懸命に田の面飛び交ふ燕ゐて苦渋の末に農薬を撒く(2016.8.15)
         雪やめば鯉は深みをゆつくりと1朶となりて日当たりに出づ(新潟日報 2114.4.13)

雨宮 雅子  君の生わが生つくづくいとしけれちりぢり尽きてゆく手花火(思いのうたびと)
         茫々とわれを降りこめをりながら連れて舞ふ別れてゆく雪
青木  香  下校時の子供らの声にぎやかに楽し気なれど朝はひそやか(2023.8.13)
青木 米子
  手作りの帽子をかぶる」地蔵さま目を細めつつ山里守る(2023.5.22)
         清楚なる白山法師の一枝を飾る玄関は山の匂ひす(2021.6.21)
         体長の二倍ほどあるそのひげが優雅に動く鈴虫涼し(2017.8.7)
         目をつむり疲れを癒やす冬至の湯柚子が優しく肩をノックす(2016.1.25)
荒木  繁   電車からふと目に止めし梨棚の白く続くに本を閉じたり(NHK短歌 2012年7月)



池松   舞
 走っても走ってもまだ走ってもまだ走るとき阪神が勝つ<(野球短歌)
         青柳が勝つたび思い出す言葉「エースになりたいです」なりました
          勝つだけでたったひとつ勝つだけで私は元気になりました、マル
今井  勝人  年ごとに休耕田の増えてくるみんな頑張れ村が無くな(2023.9.4)
         草刈り機エンジン止めて給油するみじかき間を蝉声つのる(2021.9.27)
         年寄れば呼び捨てに呼ぶ人もなく法事の席は和尚の隣(2020.7.9)
         とうふうの「ふう」の辺りに力込め過ぎ行く跡の少し春めく(2020.3.23)
石塚多恵子  大旦へ音なくうごく時の底ひ北へ祷りの折鶴はなつ(島の文芸)
石井 忠一   ひ孫の声耳にとどけば痛む腰も忘れて立ちて迎えてタッチ(2019.3.11)
石井 利明
  草に生まれ草に生き草に死すゆたかなりけり草の境涯(角川短歌2014.12)
飯田 英範   わが村は罠と檻にて迎え撃つ怒涛の攻めの猿軍団を(2023.7.24)
         命かけ理想掲げし退助の労を無にする投票棄権(2023.5.22)
         ミサイルの着弾点が分かるまで数分間は戦時のごとし(2022.11.28) 
         豊穣な黒土に黄金の麦は育たず弾が飛び交う(2022.4.10)
飯田 彩乃  組み立てのテーブルは脚を与へられここにまつたき獣となりぬ(リヴァーサイド)
飯田伊三郎   幾百本も生りし胡瓜の枯れ蔓を引けば大地を掴み離さず(2020.9.28)
         シャッターを大きく開けて耕運機存在感を見せて繰り出す(2020.4.20)
         野兎の跡の狐の跡鼬跡アート描きて新雪に映ゆ(2019.3.18)
         水すまし動き止めれば水面に夏空深く泰然と澄む(新潟日報 2113.8.19)
          診療所鷺百羽舞う草の寄せ植え見入りて病むこと忘る(日報、2013.10.14)
五十嵐百合子梅雨明けを迎へ打つべくぢら汁作らむと大鍋洗ふ(新潟日報 2113.9.2)
伊藤 一彦   偉(おほ)いなるむかしむかしの空の青知らねどけふの青透きとほる 短歌2014.1月号「朝月の日向」)
         群れてゐるごとき一団じつさいは一羽一羽おのおのに飛ぶ(短歌2014.1月号「朝月の日向」)
伊藤 里奈  右耳を隠し眉間に皺寄せたゴッホの耳に蝶を乗せたい(「短歌」2014・1月号)
市川 エツ子 ゆうらりと浅瀬の流れに身を任せ恍惚として水浴の蛇  短歌」2014・1月号)
石川不二子   つやつやの栗が光りて待ちゐると朝朝思ひめざめしものを(「短歌」2010年 月号)  
         昔バスの通ひし道はおどろくばかり狭きみちなり両側に藤(「短歌」2009年7月号ー『ふるさとの置け』)

石川 恭子   ヒヤシンス花の重みに倒れ伏す留守なる部屋に流れし時間
         音もなく放射線降りつもりゐむ万物のうへ春から夏へ
石田 俊郎   解体の済み紙更地に草生せば人の暮らしのはかなさ思う(2023.12.4)
         運転の認知検査に合格し春陽の庭で洗ふ軽トラ(2022.3.28)
         雪消えの棄て田めぐれば頭田に今も水湧き芹は育ちぬ(2018.4.16)
         薬草を干して持ちゆく宿題がぼくらの頃にはあった夏休み(2016.9.19)
         いつの日か爺と呑もうと言い聞かせ二歳の孫と交わす指切り(日報、2015.1.12)
石黒ナツ子  トンプクの効いているうち山を見る何かせねばと歌を詠むなり(2020.6.14)
         親不知子不知晴れておだやかに難所の崖に葛の花咲く(2018.7.30)
         間をおきて鳴く山鳩に今が有り共に暮らして安らぎ覚ゆ(2016.4.25)

石田比呂志
 七十と九年を棒に振りて来ぬ丸太がごろんと転がっている  (「短歌」2010年1月号) 
一柳美恵子  風呂上がりアイスも団扇も要らなくて丁度の火照りに虫の声聞く(2023.11.6)
         水無月の二階住まいの楽しみは真上から見る紫陽花の花(2023.7.3)
         人間の心の奥の奥底に一人しか知らぬ物語がある(2018.4.30)
         近づけば怪獣のような田植機も八本の手は苗を操る(2017.6.19)
         ツバメ来た四月二日の九時半に巻き舌使う独特の声(2017.5.1)
         自転車で風とふれ合う心地よさその先にある朝日に向かう(2015.8.3)
一ノ関忠人   中生代ジュラル紀に住まふ恐竜もこの夕焼けになごみをりしか(短歌、2014.11月号)
         白秋のやうにゑごの木に花咲きみのる何ひとつふしぎはなけれど生きてゐるなり
            (短歌、2014.11月号)

         いくたびも睾丸をつかむ死ぬべかりし命の温み手に裹みこむ  (「春の天使」短歌5月号)
磯  幾造    杖に仰ぐ天の夕映え 老いてなほ少年の日の心ぞ甦る    (短歌2008・10月号)
伊勢 方信   桜(はな)散らぬ瞬刻ありき天界の母が午睡の目を閉じしとき 『笛伶』(99年)
伊藤 和信  生くるとはかくも悲しき口開けて介護士の糧ただ待ちており(2019.7.29)
伊藤 容子  手も足も水中花のごとほどけたり粉雪を見る木曾の露天湯(2018.3.5)
稲葉 京子
  ただにただ人を恋ひたる若き日ありにきわれはわれを嘉みする
         小さき癌抉りし記憶はいつまでも旅の愁ひとなりて従き来む  
(「短歌」2009年11月号) 
和泉 克弘   煙草やめパチンコやめて酒もやめ今はノートに短歌書く夜(2023.10.20)
         限界集落曲がりくねった畦道にたんぽぽ満開、鯉のぼり一本(2023.6.16)
          温泉に首まで浸かりガラス戸を通して見たるい吹雪の故郷(2022.3.13)

和泉 式部
   こぬ人をまたましよりも侘びしきは物思ふころのよひゐなりけり (「短歌」2009年5月号ー馬場あき子『日本の恋の歌』) 
      =解釈=(馬場あき子)
  ・・・(略)・・・・わが身を『不尽のね』にたとえ、『わが身の燃ゆる』ことを訴えている。
      ・・・(略)・・・火山の『夜火』と掛けて洒落ている・・・(略)・・・来るはずのない人を思いつつ起きて0いる「宵居」の物思いの方がどれだけ辛いかわからないという。

池田 正樹  「世界語は数学と音楽です」と説きし英語の若き師ありぬ(2017.10.22)
         道はさむ畑にゐますと賢治ぶる貼り紙をして白菜を取る(2017.1.23)

池田はるみ
  「へこむぜ」とこゑが聞こえて寒いなあひらいたばかりの男の桜
(婚とふろしき)(「短歌」2008・8月号)  
岩田 和子  柚子ひとつ浮かべしのみに豊かなる心になりて長湯をしたり(2019.1.21)
         わが起こす黒土に散る山ざくら点字符のごと花びらを置く(2018.4.23)
         在りし日の母を偲ばせ葉隠にを点すごと茗荷咲く(2017.8.14)

岩城 光子 
 癌の痛み労るようにひぐらしのこえ夕風の奥より聴こゆ(2023.8.7)
         匂い来る金木犀は秋だよりひと枝挿して家じゅうなごむ(201810.15)
         クーラー無き仏間の菊に氷を注せば遺影の夫は涼し気に笑む(2018.9.9)
         春風に吹かれてみようとジーンズのすそ折りあげてスニーカー履く(2018.4.30)
         半ドンの懐かしい日を顧みて珈琲淹れる雨の土曜日(2017.7.3)
         アスパラ菜がオータムポエムと名を変えて並ぶ朝市春の風吹く(2-17.5.1)
         消雪の町並み終わり第二幕吹雪に向かう五キロの家路(2016.2.1)

岩橋 俊三  
秋空の青く澄みたるずーっと奥誰かが居そうな気がしてならぬ(2015.11.8)
市野千鶴子
   真夜ひとり空を仰ぎぬ満天の星あれば神を信じて  (地中海)(「短歌」2008・11月号)

 

瓜生 正子
   振り向いて生きよ伸びよと祈りたりブナの苗木の植林終えて
上田 勝子  
鉄くずとして運ばるる農機具を夫と見送る氷雨ふるなか
上田三四二
  新年のよろこびとしもわが抱かん初孫のみどり児の玉のごときを
          死はそこに抗ひがたく立つゆゑに生きてゐる一日一日はいづみ (角川俳句2014.11)
          陽はをんなの香こき看護婦とおもふとき病む身いだかれ移されてをり(短歌朝日2003・12月号)
          感情のなかゆくごとき危うさの春泥ふかきところを歩む
(雉)
上野 久雄
    また春がきて健気にも咲き初むる畑中の辛夷 お前も無名 『冬の旅』(01年)
臼田のぼる    党の予見一笑に付せしは彼ら原発危機にただ「想定外」の一語にすがる 
           放射能汚染に米つくれぬ父祖の秋津島大地叩く慟哭を、東電よ、見よ 

 え
遠藤   徹  田の畦がきれいに塗られ春深しやがて早苗が水にうつらん(2022.5.8)
海老澤貴子  弥生より稲を育てし山坂の荒れ田に一羽青鷺の立つ

 
小野真智子   幾万の枯葉すべての散り果てて葡萄畑の空高くあり(2018.1.15)
小田 明子  
 おぼろ月頼りに歩む農道に春耕の匂いひたひたと寄す
萩原 裕幸
   これは霜、これは霧です、誤爆しないよぉにきちんと覚えて下さい  (短歌朝日2005・6月号)
大伴 家持
   うらうらに照れる春日に雲雀あがり情(こころ)悲しも独りしおもへば
大町 桂月   
いで湯わく蔦の山路さよふけて月のみわたる猿の空橋
          鶯や脚下積雪雲の海
          かすみたる下界を四方にみおろして我ひとりたつ堅雪の山
          こころよさ何にたとへん湯の中の顔のほてりに雪のちりくる
          極楽へこゆる峠のひとやすみ蔦のいで湯に身をばきよめて
          極楽にこゆる峠に杖とりてしばしいこへやがてまいらん(長婦人返歌)

岡田 かこ   万緑の鳥坂峠散策道山法師咲笹小百合やさし(2022.8.7)
岡田 邦一   
長い畝にじやが芋二百個植えてゆく鍬で起こせし土の香の中
(2016.3.21)
岡野 弘彦
   日本の 黄砂ににごる空のはて むごき戦を人はたたかふ
          遺体よりのびひろがれる腸(はらわた)のまだあたらしき色におどろく
          身は老いて わが残生をつくづくと 思ひ身に沁むなり。年あらたまる
          霜月の十日の朝明。汝が魂は 冬海原を越えて 帰らず
          
新しき常世の神と生れいでよ。若く笑まへる 写真(うつしま) あはれ
          キリストか、アッラーか知らず。人間を滅ぼす神を 我うべなはず 
(短歌朝日2005・6月号)
           焼畑の傾斜(なだり)をつつむ蕎麦の花。夜眼にま白く暮れ残るなり
         
岡部桂一郎    道端に雨降る朝は「もういいかい」どこかできこゆ三月の声   (短歌朝日2005・6月号)
奥村  晃
    ふるさとの訛なつかしあたたかし<ソイダモンデナア>とか<アバヤ>とか言い(短歌朝日2003・3.4月号)
岡本かの子
  桜ばないのち一ぱいに咲くからに生命をかけてわが眺めたり
乙犬 拓夫 
 まどかなる山の夕暮れ 来臨のひとり神なる櫻はなやぐ 角川『短歌』(08年
小熊辰三郎  
引き抜けば真白き肌のかがやきて青き葱の香放つ春なり(2017.5.29)
小川小川 未明
   雲の如く高く こものごとくかがやき 雲のごとくにとらわれず(春日山の句碑 s31.11「越のうた散歩」より)
沖 ななも   咲いただけ散るのが道理おびただしき花のむくろの敷く上を行く(角川「短歌」2017 5月)
         風が辛夷のかおりを含む 丘陵にまた悲喜を積む春が始まる(角川「短歌」2017 5月)
         夜のふけて思わぬ隙間からさしこみぬ盗賊のごと光の足は(角川「短歌」2017.5月)

大下 一真  
彼岸花花終えしのちわつさりと葉を繁らすは誰も愛でござる(角川「短歌」2014.12月)
大嶋 道子  
キッチンの戸棚に寒さ潜みゐていやーな季節とたぢろぐ一瞬(2022.1.17)
          胃カメラの辿りゆく先直視する人目にふれぬ瑞瑞しさを(2021.10.10)
          待つことも待たるることもなき日々に今宵は月を楽しみて待つ(2017.11.12)

大島 史洋
   十枚の写真すなわち十台のタイムマシンうまいことを言うなり(角川短歌、2019、2月号)
          生きている憎悪は強くひびくゆえ活字はよけれ休むに似たり(角川「短歌」2015.12月.踊る人形)
          雨なれば人を見るなき公園にポプラの幹は高くそびえて(角川「短歌」2015.12月.踊る人形)
          雲の峰明るくなりて南無遍照金剛ここに天降りたまえな(角川「短歌」2015.12月.踊る人形)
          あじさいの花に囲まれ座すときは善意に満ちた顔をするべし
(「短歌」2008・8月号)
大田垣連月
  野に山にうかれうかれてかえるさを ねやまでおくる秋の世の月  1856年頃 )
大野  明夫  連番とバラをそれぞれ十枚を買ひて師走の夕星(ゆうづつ)仰ぐ(2023.1.9)
大野  誠夫  
人知れず脱皮を終へてしばらくは光りの中にうずくまりをり
           *二句で切れ、俳句のように、物をとおして心を表現している。

大橋 昭五  
 野田、新発田、成田、戸田など田のつく市をあげているうち眠りにつけり(2016.6.20)
大塚布見子 
 奇を衒ひ利口ぶる歌捻る歌言葉遊びの歌など詠むな (平成23年 角川「短歌」7月号)
太田 水穂    日ざかりの暑さをこめて楢の木の一山は蝉のこゑとなりけり
尾崎世界観   やりたがる俺をとどめている雨のようだブラジャーのホックは
大塚 寅彦
   冬蜜柑グード図法に剥かれたる皮ありてこの世界の狭さ(「短歌」2011・12月号「蜜柑図法」
尾崎まゆみ   雲雀料理の後にはどうぞ空の青映し出したる水を一杯(微熱海域)
織田島静枝   土用入り梅干しの笊は屋根の上三日三晩月に抱かれて(2015.8.3)

 

金井   誠   幾許(いくばく)の報酬なるか炎昼に道路工事の旗振る媼(2023.9.4)
加野 康子   
顔の皺年々深く脳の皺年々浅く記憶とどめず(2019.3.25)
勝見 龍子   
坪庭のつつじ、くちなし咲き終えて花なき庭の草花愛し(2021.8.2)
          ひとりゐのわれの暮らしは自由にて早寝はすれど早起きはせず(2020.3.15)
          山茶花に初雪、淡雪しずかなり越後の厳しい冬の始まり(2019.1.21)
          遠雷の鳴りつつ雨に涼ありて夏は去りゆき秋に移ろう(2017.9.18)
          街灯の明かりの中に降る雪は幾万の小蝶舞うごとく見ゆ
(2017.2.6)
片山恵美子  
 「君のこと覚えてるよ」とアゲハ翔ぶ「小さなボクを見ていた人だね」(2023.11.6)
          渾身の力をこめて泣くからに男児13キロの火の玉(2020.10.11)
          啓蟄という言葉あかるく浮かび来て子らわらわらと遊ぶ公園(2018.4.30)
          晴れた午後黄色いザリガニの除雪車はハサミふりふり交差点行く(2018.3.5)
          幼子に問われて答える野の花はクローバーそつと苦労婆と思う(2016.7.11)

上村一九路  
連なりて雪道を来しゴゼさんをふと思い出すチームパシュート(2018.3.19)
          全山はいまだ装い淡くして辛夷の白き小旗を揺らす(2016.5.2)

籠島  環  
  愛あればきつと幸せ攫めると話す私の声が震える(2016.2.1
狩野 一男 
  「戦争」をしない国からできる国、する国と成り果てるかも(角川短歌2014.12)
樺沢 淳子   白鳥に顔馴染みの顔はないけれど来ればうれしい身内のごとく(2022.2.28)
金井  誠    トラクターの前後行き来し餌漁る鴉と一日付き合いなせり」(2020.6.8)
          米作の共進会で受賞せし田も荒れ果てて狸顔だす(2019.8.19)
          木という木に絡み昇りし藤の花若葉の中に競い咲きおり(2019.6.3)
          分ケツの進みて緑一色となりたる稲田に風筋走走(20178.15る

金子 和子    
深みゆく老いにやさしき春なれど三・一一戻る悲しみ(2019.4.1)
          また一軒明かり灯らぬ家増えて寂しき団地に雪降り積もる
(2017.1.30)
金子 正男  
 悠揚と秋空めぐり飛ぶのみに凛々たる声の聞けざりし鳶
金田 久子  
 家計簿に挿むしおりのコスモスをもみじに替えて今日より霜月(日報、2013.12.8)
加藤 順子    冬の日の彩なき公園に山茶花の咲き盛りひともと明るし(2018.1.22)
          積もりたる雪に降る雪川土手の視界なきまで静もる夕暮れ(日報2017.2.17)
           しんしんと靜けさ積み上げゆくごとく視界くらみて雪降りしきる(日報、2015.2.8)
           もの忘れ多くなりたるわが老いの拘束なき今日も暮れゆく
(日報2014.6.16)
          秋をゆく雲白し日のぬくもりありて川辺の風の涼しさ(日報、2013.10.14)
川涯 利雄  
 押し車押し来て玄関の涼風に聖のごとく昼をねむりぬ (「短歌」2011・4月号)
河井 秀弥   
出棺は人の姿の兄との別れ永久に会へぬとさよならを言ふ(2022.2.21)
          大根をかむおとセロリをかじるおと生の野菜は音でいただく(2019.2.25)

川野 里子
    ああ静か ひとひらひとひら消ゆる場所決めかねながらぼたんゆき降る(「短歌」2010年1月号)
          働いて働いて働いていただけ 水爆をつくりし人も亡父(ちち)も言ひたり
(平成23年 角川「短歌」7月号)
川崎 貞子    晩秋の快晴惜しみ河の土手真白き飯豊に向きて昼餉す(2024.1.15)
          二階屋根越す木蓮にのぼりつきなだれつきたりノウゼンカズラ(2023.8.28)
春日真木子   言葉が遠い社会が遠いもう少し耳目働けいまこそ湯行期(
          火と水に命をもらふ冬ごもり明るき春の在るを信じて
          ひと夜寝せ大根と鰤のほどほどの折り合ひを待つ冬のキッチン
          山麓に紅葉燃えしめ大浅間 秋の宙へと伸びあがりたる(短歌2012・1月号
          いましばし耳聡くあれ現つ世に秘密ひそひそ潜むとあれば短歌2014.1月号「耳を開けり」)

 
木村  圭    ひらひらと手話の拍手のようにしてマタタビの葉が雨後に輝く(2023.8.7)
北見志保子 
  人恋ふはかなしきものと平城山にもとほりきつつ堪へがたかりき
木下 龍也    総理の私が言うんだから間違いはありません 信号を渡る
           後藤氏が壁にGOTOと書いた日の翌朝ぼくが書き足すHEAVEN 殺害される前の投稿
岸上 大作    口そろえ母の餌を待つつばくろよ平和はわれの幻想ならず
北川 浩久 
   時は水たまりのようぞまんべんなく昔と今が一つになりて

来嶋 靖生    爪立ちて圧しくるごとき連山の力に対す人間われは(「短歌」2011・12月号「唐松岳ふたたび」
           生(ぁ)れ出でてここにはじまる子が生に惜しみなく降れ愛の星々(短歌2008・3月号)

葛原 妙子
   きつつきの木つつきし洞の暗くなりこの世にし遂にわれは不在なり
           みどりのバナナぎつしりと詰め室をしめガスを放つはおそろしき事(原牛)
 
窪田章一郎  
 春とならば香はかぐわしく流るべし林檎樹林をつらぬく津軽路 『雪解の土』(61年)
               弟の臨終(いまは)のあはれ伝へ得る一人の兵もつひに帰らず (短歌朝日2003・12月号)
倉林美千子    翼きしむ音は残りて白鳥ら一筋の遠き光となれり 
春日 井建    大空の斬首ののちの静もりか没(お)ちし日輪がのこすむらさき (短歌2008・4月号)
北沢 郁子    失いしものの最たるは黒髪ぞ言ひて帰らぬ悔いて思へど (短歌2008・4月号(「桐の花」
木俣  修     葛の葉に日ざし澄む昼地底にて阿鼻のこゑする幻覚に佇つ
               (「呼べば谺」s39.10 佐渡 「越のうた散歩」より)


九螺 ささら   彦星から17光年先の部屋きみの住む幸福なマンション
蔵品   隆   歩かねば道廃れゆく山道を道をしえ来て我を誘ふ(2018.9.9
久々湊盈子   いつしかに聞こえずなりし蝉の声わが耳のみがまだ聞きたがる(短歌、2014,4月)
          声のみの存在がよしヒグラシのかなたに鳴けばこなたにも鳴く(短歌、2014,4月)
          したい放題のこの子らのために抛ちし命に非ずかの日の兵ら
(平成17年 角川「短歌」12月号
久保ミネ子   期せずして郵便受けに友の文チラシの中で人の香する(2020.4.6)
久保田スミエ 
モンブランの峰にしておもふ山もわれも宇宙の園の花ならん(宇宙花)
栗木 京子    観覧車回れよ回れ想ひ出は君には一日我には一生
          若さという碧(ミドリ)の貨幣もちてゐし日々よみがへる秋の初めは 
(塔)(「短歌」2008・11月号)

          首筋の傷に気付けり白桃にあらねばそこより香り立たねど (短歌2008・1月号)
黒羽  泉    悩みなきが悩みと言ひてゑまひする春曙の娘(こ)のぼんのくぼ(「短歌」2012 10月号「時間」)
          病ひ得しこと何の罰にもあらずけふ赤岳に雲の湧きたつ(「短歌」2012 10月号「時間」)
          いま少しわれらに時間与へしは神ならむやがて奪へるもまた
(「短歌」2012 10月号「時間」)

 

小山 孝治   
蒲公英の黄色い花がいつの間に白い蒲公英星になり(2023.7.24)
小山 弥生   
歳かさね初めて知りて驚けり燕の重さ十八グラムなり(2023.7.17)
小鍛冶明子   
物忘れは神様からのプレゼント思えど切なし母に会うたび(2018.12.24)
近藤 トシ  
  一輪車の積みたるかぼちゃごろごろと音たてて笑う山坂の道(2010.10.26)
近藤 アキ 
  海鳴りとも高速道路の唸りとも まなこ閉ずれば大寒の音(2018.2.26)
          何時までも生きられそうな錯覚す八十四歳の食に欲くあり(2015.10.12)

小池 コエ 
   日を浴びて鬼蜘蛛の巣はゆらゆらと5色の光をたなびかせおり(2015.10.12)
小暮 政次
   食ひ足りて今宵は思ふいにしへよりいくさとどめ得し神のありきや(短歌朝日2003・12月号)
駒田 晶子    花見山ゆめのようなる山の名をはべらせてわがみちのくはあり(「短歌」2008・11月号)
小中 英之    もしわれの死の刻えらべと言ふならば霰ふる音めぐりに満ちよ(短歌朝日2003・12月号)    
小島 熱子   
「蕁麻疹」の文字が箒にまたがれる魔女のごとくに迫りてくるも
小島  弘    大空にコロンビア号ちりとなる二月一日朝のかなしき(短歌朝日2005・6月号) 
小島 なお    捨てられし自転車いつか耳もちて蝉の鳴き声聞き分けている(「短歌」2008・11月号
          なんとなくかなしくなりて夕暮れの世界の隅に傘を忘れる

今野 寿美    支へようとする手を払ひおのづから風に応へてコスモスは立つ(角川「短歌」2015.12月 .にはたずみ)
          「さうして」が「そうして」となり漱石に味はふ減塩おみそ汁(角川「短歌」2015.12月 .にはたずみ)
          さみしいのが胸ではなくて頭ならこの両腕で抱くもかなはず (「短歌」2011・12月号「須臾叢書」

小林 幸生    梧桐の影伸び来たる峡の畑大げさに振る腰の熊鈴(2017.10.22)
          去年の巣を恋ふる燕の番らし更地となりし空を飛び交う(2017.5.15)
          杉木立の影に斑雪(はだれ)の残る畑山には山の風が匂ひぬ(2017.6.11)
小林 まどか  音読みでも訓読みでもなカン読みか幼ら「蟲」の字を「むっしっし」と読む(2023.7.3)
小林 重雄   
うたつくり卓球時間の楽しさは九十二歳のわれの至宝ぞ(2023.11.6)
          
きのう吹雪き今日は静かに牡丹雪二夜で積もる屋根雪二尺(2018.2.19)
小林 千恵    IWannaBeLoveByYou モンローのようにはうまく歩けなくても (NHK短歌2012.9
小谷 陽子    秋空をゑくぼのやうにくぼませて白きつがひの鳥ののぼりゆく(角川短歌2014.12)
          木の下に死が散らばつてそれぞれのそれぞれにありし蝉の一生(角川短歌2014.12)
          わたくしの生まれる前も死の後もここうかにしづかに立つ楠がある(角川短歌2014.12)
   それぞれに秘密をもてる人人が昼の食堂にめし食ひはじむ「時のめぐりに」

 
坂田 和夫   始めから無かつたやうな秋が去り今日からホットに変はる珈琲(2024.1.15)
          整然とコック帽のごと積もる雪新たな墓も苔生す墓も(2021.2.16)
嵯峨  トシ   大空に両手をあげた大根の芽の歓声が聞こえてきさう(2021.11.22)
          日日草百日草に千日草我は八十路のぺんぺん草なり(2019.8.19)
          山鳩の声を聞きつつおにぎりを開いた包みに木漏れ日ゆるる(2017.6.26)
  
石栗 徳次
   容赦なく老化の進む我の眼を癒やすがごとく木水仙咲く(2019.5.6)
          朝顔の花を数へてその後は朝の空気をゆつくりと吸う(2017.9.25)
          椋の群れ大欅より飛び去りあとは静かな秋の夕暮れ(2016.9.19)
          如月の庭に桃色一重なる太郎冠者とふ侘助咲けり(2016.3.21)
          老鶯のまた啼く声を聞きたくて朝のテレビの音消して待つ(2015.8.3)
          咲くもあり蕾もありて実まで見ゆ時の流れの中の朝顔(2015.9.7)
西都エイリ    異国(トツクニ)の山のかなたの白無垢の乙女のごとき夏椿の白(H28.7.11)
       
三月は二月のような春でなく影の色合いさえも匂えり(2016.3.21)
          暗くなりまた明るみて秋の空どっちつかずの光雨降る(2015.11.16)

三枝 浩樹  
 しゅっと擦る音いつからかなくなりて・・・あの匂いあのみじかき焰(短歌、2014.11月号
櫻田 勢子    悪夢とは覚めるにあらず夏草のうねりのむこうに三陸の海(「短歌」2014・1月号 
鮫島 逸男    事件あればアップで映る鋭利なる検察庁の庁の字の撥ね(短歌2008・2月号)
斉藤  健    立っているだけで大きな役目持つ警察官の背中垂直(2018.1.8)
          父親をまねて暮らせば長生きをするかと思ひ粗食と昼寝(2017.5.1)

斉藤きみ子  
 青信号見つつ渡りて次も青スムーズにゆく今日が始まる(日報、2015.1.12)
斎藤 絵里    
新緑が古木のウロコ突き破り命涌き来る五月おそろあ82022.7.18) 
斉藤  斌    ポッキーを頬張りながら渋っ面老いて人類進化の書読みをり(2023.7.3)
          己が子のつれなき所作に惑乱すさういふ柊二の人くささ好く(2023.7.3)
          地下鉄に八人乗れば八人がスモホ手にする令和の景色(2022.1.31)
          ゆく秋の陽射しを惜しみ朝刊を大テーブルに広げ読みたり(2021.12.27)
          運勢は福、積善のおかげとあり覚えなければ喜び半分(2021.8.30)
          図書館の開館までの束の間をわが手を登る小蟻と遊ぶ(2016.8.22)
斎藤  史    花が水がいつせいにふるへる時間なり眼に見えぬものも歌ひたるな(短歌2011・3月号)
佐伯 裕子    月と呼ぶにはあまりに薄きひとかけら尊く見よとつばくらめいう(平成17年 角川「短歌」12月号)
          樹々はまた萌えるというに君も君もそこにはいない写真の家族(平成23年 角川「短歌」7月号)
坂井 隆思    振り向きて見る人もなき双体神み手を取り合ひ夏草の中(新潟日報 2013.9.8)
桜川 冴子    ひかり風くぐりて走る一年生たんぽぽ星人たちの春です『ハートの図鑑』(07年>
笹井 宏之    胃のなかでくだもの死んでしまったら、人ってときに墓なんですね
(ひとさらい)(「短歌」2008・8月号)
 
          ひかり風くぐりて走る一年生たんぽぽ星人たちの春です『ハートの図鑑
桜井奈穂子   海の碧空の青よりなほ深き蒼もて横たふ秋の日の佐渡(2023.11.6)
          振袖に着らるる如き吾子二十歳おごりの春のうつくしきかな(2023.4.16)
佐々木史子   朝あさの祈りは清き水替えてそれだけでいいいとおしえられたり(青遠)(「短歌」2008・11月号) 
          この家で跳び抜けて大きい靴を履く少年足より青年になる(「短歌」2008・11月号) 
佐々木信綱   空より見る一万年の多摩川の金剛力よ、一万年の春(「短歌」2009年7月号ー『アニマ』) 
佐々木幸綱   ひばりひばりぴらぴら鳴いてかけのぼる青空の段(きだ)直立(すぐた)つらしき
佐藤佐太郎   良寛がいほりし跡の竹の葉に秋の日さして蜻蛉いこへる(「開冬」s50.9  「越のうた散歩」より
佐藤 寧治   雨蛙睡蓮の葉に乗り移り悟空気分で目高見ている(2023.7.17)
佐藤 香澄   
秋暮れて刈田の鷺はぽつねんと隠れんぼうをしているよ(2017.11.6)
佐藤佐一郎  
手間ひまをかけて揉み干すぜんまいの匂い来るなり部屋の中にも(2023.5.14)
           うぐいすの鳴けるいで湯にとっぷりとひたり見てをり苗場の山を(20195.27)
          植込みの囲ひを解けば芽吹きたる木の枝弾みて庭動き出す(2018.5.6)

佐藤  弥生  
定めなく一日保たぬ小春日や魚沼三山すでに白しも(2023.1.9)
佐藤 弓生    天は傘のやさしさにして傘の内いずこもモーヴ色のあめふる(「短歌」2008・11月号
佐藤 弓生   わたしにも宿るセシウム帰りたい場所へ孵してあげたいですが (「短歌」2011・12月号凍蝶」
佐藤 清     桜花この静かさはなになら咲ききはまれる川の辺の道(2020.5.25)
          鳴くリズムたしかめむとて裏庭にまてど山鳩その後は鳴かず(2015.11.8)
          森の闇くぐりてとどく木葉木兎×の鳴きごゑかなし足止めてきく(日報2014.7.28)
郷   弘子    幾つかの趣味をもちしが身と共に適はずなりて土と親しむ(新潟日報2011.7.25)
佐藤 綉綉    災害時助けてくれた自衛隊これからは人を殺すこともあらん(2015.11.2)
佐藤 良夫   うれしきはたまご焼きまたたまごかけたまご貴重な頃に育てば(2015.11.23)

          
祖母が居て父と母が在りし頃皆んな笑顔でスイカ囲みぬ(2015.8.3)
佐藤 綾子  
 ゲーテにはあらねど我も光欲し部屋干し続く冬の越後は(2023.4.16)
          ふじつつじしゃくやくぼたんバラあやめ咲き盛る庭地味なあけび好き(2016.7.11)
          北国のただ一面の早苗田は天地一つに銀の雨降る(2016.6.20)

佐藤 盛男  
  しんしんと雪降る夜は早寝して未完の歌を練りつつ眠る(2019.1.28)
          ひと房の葡萄のつぶを妻と摘み共に味はう完熟の味(2015.11.8)
          兼題を戦争と決めて詠みつつも体験なき幸せ思ふ(日報、2015.3.16)
          日の暮れてしきり降る雪LEDの街灯ともれば青く降りゆく(日報、2015.2.1)
          半世紀梨を作りし義兄は逝き継ぐ者なくて3日で整地さる(日報、2013.12.8)

沢口 芙美  
 宣言を受諾せるのち朝鮮の処遇はいかにとつぶやかれしとぞ(短歌、2014.11月号)
          文字を燃やすこと能はざるネット空間に人の名は輝りつづく「短歌」2013・6月号)

坂井 修一    痩面よ、わたしはどこで死ねばいい?銀杏萌ゆれば空高くなる
          おもひみよネットのかなたしんしんと1万人スタヴォローギン(縄文の森、弥生の花)
          のああいつか焼場の箸につままれてこそと出てくるわが尾骶骨し

佐野    量 
竿になり大夕焼けの雲へ飛ぶ越後が好きな白鳥家族(2023.12.4)
          探し物見つからぬまま暖を取る座敷童の所為などにして(2022.3.8)

 



慈    鎮   旅の世にまた旅寝して夢の中にも夢をみる哉
島道幸治郎  
今宵またやさしく昇る月を待ち浮世小路の秋を歩かむ(2015.9.21)
釈  超空 
  葛の花踏みしだかれて色あたらしこの道を行きし人あり
嶋田 洋子   数多の目囲みて触り囁けり術後の我はガリバーになる(2020.8.16)
島田 伊津
   はつなつのつばめが空に描きたるそうしつという語はうつくしき
島  有道    夕の字は月のいでくる時をいひ月の一画を欠きて示せり(短歌2011・4月号)
島木 赤彦    隣室に書読む子らの声聞けば心に沁みて生きたかりけり
島木 正靖    言い換えし「長寿高齢者」要するにもう役に立たぬ爺と婆(短歌2008・10月号)
           肺気腫は進みつつあり帰り来てまず手首より時計を外す
(短歌2008・10月号)
渋谷まこと    蓑虫のごとく過ごさむニット帽マフラー手袋新しく買ふ(2019.1.28)
          雪囲ふ縄より空へはみ出して琵琶の白花こんもり咲く(2019.1.7)
          雪吊りの脚立畳めば切り残す結びの縄が吾を呼び戻す(2019.1.7)
          ゆるやかに広がりながら薄れゆく飛行機雲に薄暑の風見ゆ(2016.6.27)
渋谷 カツ子   漸くにコンバイン音あちこちに賑わい増して田は活気づく(2015.11.16)
渋谷 和子    石臼を飛び石として敷く庭をもつたいないと踏まざりし祖母(2023.7.17)
          老い漁婆(いさば)と交はす言葉の楽しさに大束を買ふ浜菜の潮の香(2022.3.28)
          使ひ古りし農手袋は鍬握る形に干され納屋に待つ(2022.3.8)
          雪除けて採りし脚Bエツを手もて拭く幼の丸き頭を撫づるがごとく 
          どしや降りのやうやく上がりたる空を傘で斬りつつ下校する子ら(2017.6.11)
          大宇宙に若田船長励みゐて孫は初湯に遊泳しをり(新潟日報 2114.1.1)
          堰越えて水音走る雨後の川ふくらむ流れは土の匂ひす(新潟日報 2113.9.2)

白川  敬一  
我は鬼嫡孫様の豆つぶて笑って逃げる吹雪の外へ(2022.3.8)
島田 修三   家庭内暴力娘さながらの議員も居ればおもしろし人間
          背の右の手の届かざる辺境にゲリラのごとし掻痒はさやぐ(角川「短歌」2015.12月.あかまんま)
          くれなゐに月蝕灯るを尾張なる平野にあふぐけしつぶ俺は
          さよならも言はず言はれず気付かざる失せ物のやうに逝きけり人は(角川「短歌」2014.12月)
          裏木戸の風に遊べる隙間より零るるごとし猫すべり出づ>(短歌2014.1月号「うちつけに冬」)
椎野 一二   紫陽花を塒に蝸牛のんびりと我が水遣りを見てみぬ顔で(2022.7.24)
          さりげない夕餉の膳の蕗味噌に箸先匂う季節の来たり(2022.3.21)

清水 房雄
   不愉快な事は極力忘るべし老いし日常を支えるすべと(短歌2014.1月号「老来微吟」


陶山百合子   老い母と新聞短歌の評たのし月曜朝のコーヒータイムを(2024.1.22)
杉田みゆき   
胃カメラに苦しむ我のかたわらで背さするナースのあたたかき手よ(2020.12.28)
鈴木  ナミ  
 野良猫はゴミステーション荒らしつつ逃げる構へで我を見てゐる(2018.5.21)
鈴木 邦子   降りて来るまた降りて来る綿雪は小石の上にまあるく積もる(2016.2.14)
砂田 暁子   今の命今の命となく雲雀くだれば間なくまたのぼりゆく
志野 悦子   なさむ何かこの世にありてとりとめし命か術後のはじめての水(平成17年 角川「短歌」12月号
重吉フミ子    同じ年誰もおらぬと思ったら急に寂しく涙こぼれる(短歌2008・2月号)  
清水 房雄
   大空にコロンビア号ちりとなる二月一日朝のかなしき(短歌朝日2005・6月号  
須貝 正美 
  視野せばまる眼となれば世の中の醜きものは見ぬことにせん(2017.7.3)
          字は書けない酒は飲めない歩けないそれでも歌は詠めるじゃないか(2017.4.17)
          四つ這いになりたるあとに立ち上がるそんな齢になりにけるかも(2016.7.11)
          敵つくり敵に勝つこと考える人間というおろかな動物
          水色のハンカチほどの空のぞく寒の最中の越後村上 (2015.2.16)
          毎月のチラシためれば山となる資本主義とは無駄多きかな(日報、2015.1.12)
菅沼 義哉    東海に巨大地震を引き起こすメカニズムあり油断めさるな
          
目の線路まで覆うがごとき若草を蹴散らして行く米坂線は(新潟日報 2014.6.30)
          真正面北斗七星見えていて小路に入れば輝きを増す(日報、2014.12.1


 
関根  壽夫   
わが一村田植え機総出の連休に田圃たちまち緑に染まる(2022.6.27)
           歩行器で初の散策照れ臭き思ひもありて俯き歩む(2018.9.3)

瀬戸 順治    罠だよ子は懸命に叫びつつどんどん叩くテレビの画面(NHK短歌2012.9
瀬群 十青    病室の空しか見えぬ窓の外風に流され鴉横切る(2015.12.13)

 
 
草田 照子    神宮もすつかり冬の森となり四人部屋のふたりまた入れ替はる(短歌2008・3月号)
相馬 御風
   しおくれし庭木のかこひ今日をして心やすけく雪の空見ぬ(文化の記憶)
          大そらを静かにしろき雲はゆくしづかにわれも生くべくありけり(「御風歌集」t15.5  「越のうた散歩」より)


高岡  朝    きらきらと光る植田に影映し音を残して一輌電車(2017.7.3)
高久  茂    雌を呼ぶただそのことを繰り返し倦まざるものか雨のこほろぎ(角川「短歌」2015.11月. 雨の蟋蟀) 内容
高波 貞男   卵より育てたるわが鈴虫が初めて鳴けり処暑の夕べを(日報、2013.10.14)
高橋梨穂子   あぜ道で新幹線に手を振る子見えないだろうけど手を振り返す(2019.4.15)
          便箋にとめ・はね・はらいしつかりと星座のように浮かぶ君の字(2018.11.19)
高橋 政子   焼き魚カボチャのサラダお漬物今朝の新米に勝るものなし(2016.10.31)
髙橋 睦郎  
 友多くかの世に送り自らも半らかの世に嘱するごとし(2020.1月「短歌」)        内容
          若きらと睦びつつふと彼らにはわが身ほとほとかの世の人か(2020.1月「短歌」)
高橋 芳男    ぢぢばばの住まひに雛の祭りなくマトリョーシカ書棚にひとつ(新潟日報 2013.4.1
高橋 金男    秋の日に二人して旅に出づるごと亡き妻の靴を磨きあげたり(2017.10.16)     内容
          郷愁のまつり太鼓は胸底に夕立のやうに来ては去りゆく(2017.8.21)
          恐らくは泳ぎ続けて終るらむ回遊水槽魚もわれらも(2016.1.11)            内容
          わが胸に寒く立ちたる一本の白樺ありて故郷を呼ぶ(2015.11.16)
          あの友もまたこの友ももういない年賀葉書は引き算ばかり(日報、2015.1.12     内容
           梅雨あがり草むしりする吾が庭に山鳩は来て空の話す(新潟日報 2013.9.2)     内容
田中とみ子   赤ちゃんを抱っこするがにほくほくと新米五キロ胸に抱きぬ(2015.10.12)
田中 一美
   退職後地域社会にゆったりと着地せし夫サンタにもなる(短歌2008・2月号)
大松 達知    自然死を待つてもらへず伐られたり大きな洞のありし桜は
           比べられつつ生きてゆく生きてゆく 髪の量など比べられつつ(ゆりかごのうた)   内容+表現
          満員のスタジアムにてわれは思ふ三万人といふ自殺者の数『アスタリスク』
 
玉井 恵子
   霧あつき乙女峠の午前四時 何も見えねど在るものは在る(短歌2008・10月号)
武俣 梅子    強風にあおられながら身を支える天道虫の努力はいかに(短歌2008・10月号)
竹山  広
   朝の空青ふかぶかと明けわたり身はその空に臥しゐるごとし(短歌2011・3月号「地の世」                            あな欲しと思ふすべてを置きて去るとき近づけり眠ってよいか (短歌2008・1月号
多鹿 静夫    こんな日は少しもじつとして居れず空の隅々までも春空(2019.4.1)
          ひまわりの五十万本に迷ひ込み純真無垢の子供にかへる(新潟日報 2113.9.8)
          おまんよく文芸欄にのるけれどおれは一度のおくやみ欄とぞ013.10.14

武田 弘之    放射能含める土を削り削り削り削りて捨てん場所なし 
          原発は安全といふ嘘ありき二十一世紀の某小国に

竹村 公作
   パトカーがそばらくわれについてきて何思いしか追い越してゆく
竹村 公作    隣家の犬がしきりに吠えており覗きみすれば十五夜の月(短歌2011・3月号)
高津百合子   しみじみと聞くかなかなの声寂し佛となりし夫の聲とも(2021.9.20)
          朝靄の掛かりし畑に人の影人も大地も春へと動く(2017.4.17)
          捲さそうで捲かぬ白菜見る日課紋白蝶も見てをりぬ(2015.11.8)
高瀬 一瀬    どうもどうもしばらくしばらくとくり返すうち死んでしまいぬ                    生死
           うどん屋の饂飩の文字が混沌の文字になるまでを酔う(短歌朝日2003・12月号)

田中子之吉   生前の妻の茶碗が水切りにありてわが茶碗重ね置きたり (「短歌」2010年 4月号    追悼
橘   まゆ    ほとばしる蒼き叫びに蓋をして羊のごとく通勤バスに乗る (「短歌」2014・1月号)    心奥
田鹿 靜夫   地下足袋の小はぜ止めゆく十二枚止めゆく度に気持ち昂る(2023.12.18)
          何をしにここへ来たかのか忘れたり遺影の父母の微笑みたたふ(2016.7.11)     追悼
          定刻に今朝も新聞届きたり配達人の顔知らぬまに(2015.11.2)             日常

田村 広志    戦争法、再稼働、労働者派遣法身捨てるほど美しいか、国                  社会国家
          百年も遺骨を放置してる国の大切かそうこの国に生きれば
          砲弾の破片(らしいが)くい込んだ頭骨出づこのように死んだか父は
          原発の作った電気に色つかば嫌いなニンジンのように除外する
          あいまいな表情ばかり見たせいで男青空を見て泣きたくなった(短歌 2014.11月)

立花  開    陽が射すとこんなに明るくなることを 触れ得ぬ位置の紅葉も、君も (「短歌」2014・1月号)
          このページに一本の木を描きましょう のちに雀が止まれるような (「短歌」2014・1月号)  メルヘン

多田 桐子    満月は鏡となって映してる泣いてるあたしを笑って見てる(短歌朝日2005・6月号)
多田 和子
    草引きて丸々太りし蚯蚓等と生まれしばかりのバッタに会ふ朝(2016.9.19)     日常
          後ずさりしつつ屋根上仰ぎ見ぬ名月が放つ金箔の光(2015.11.2)
          漆塗りの芸術品のごと艶やかな大型ゴキブリ二匹素早し(新潟日報 2013.8.19)

弾正まだ街が街にならない静けさに黄の一列の帽子が通る(2022.1.17)
棚田浩一郎   
終戦にて崩れしわれの価値観のまた崩れむとす生きながらへて( 『短歌研究』05年)


近嵐  和子  
暖かき言葉がそこにあるごとき遺影見てのち畑に出でゆく(2019.11.29)        追悼
          掛け声が手を差し伸べる人の如「どっこいしょう」につかまりて立つ(2019.6.9)     日常
塚越  孝広  「明日には明日の風が吹くだろう」夢だけ食べて生きた若き日(角川短歌 2012.10月) 人生


塚野さやか   春の陽を受けてただ待っている主が死んだこと知らぬ椅子(2022.4.11)
坪谷 雅博
    まだ少し起きるに早き午前五時寝てゐて手足の曲げ伸ばしする(2017.7.3)      日常
都築 直子    耳ふたつ目の玉ふたつこんなにもオランウータンに似てゐるわたし              人間
千種 創一  
 看板はないが小径の老人はこの先が死刑広場だと指す
          実弾はできれば使うなといふ指示は砂上の小川のやうに途絶える

土山 和子    
ウオーキングに若き人らとすれ違ひおのづと背筋伸ばして歩く(2022.4.11)
          明日あたりモロッコ豆の芽出づるか一粒ごとに土こんもりす(2021.6.21)

          
何かしら守られてゐるここちして我が家の主木一見上ぐ(2021.6.21)
           初もののうどが届けば松代の山の香の濃き天ぷらにせむ(2018.6.4)         松代

土屋 貞男   
 出張の楽しみ車中の駅弁とビール一缶東京離るる(2016.3.21)            日常生活
土屋 和子 
   里の家のつやめく柱おもひ出づ栗の皮むくこの色艶に(2021.10.10)           感覚
          目に見ゆるなすやきゅうりの太りやうひと日の時の重たさ覚ゆ                 時

伝  捷夫    作らざる田を眠らせた長い減反施策ようやく変わる(2017.8.7)
          思い出は形がないから壊れないよき事永く心に残る(2018.7.8)
          祖父母父母命日は皆寒の月命早めた寒さを思う(2017.4.17)              追悼
          何事があろうと止まることはない時を非情と思うことあり(2016.8.22)           時
          大仕事したやうな安堵感苦手な胃カメラに涙こぼして(2015.9.28)
          若い気をもてども風貌既に老い乗った電車で席を譲られる(日報、2013.12.8)     日常
           ふり返るどの日もいい日だったよと積み重ねたい老いてゆく日を(日報、21014.12.14)

寺山 修司    マッチ擦るつかの間の海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや(短歌2008・2月号)  社会国家
          大工町寺町仏町老母買ふ町あらずやつばめよ(「田園に死す」)


 と

戸山テル子   蛍来て亡き弟のたましひと語り合へたり手のひらの中(2023秋歌壇賞)
戸田さち子   うすら日にちらりほらりと雪が舞ふどこか異様な真冬の越後(2016.2.29)
杜澤光一郎
  田畑にまで延びゆく津波ぶわぶわとぶ厚き黒き舌先をもつ(「短歌」2011・12月号「進化」
          内部被曝の世代といふが現れむ団塊世代の死に絶えし頃に (「短歌」2011・12月号「進化」
          かなかなは初めてかなかなと鳴きしとき目眩するするほど愕きたらむ (「短歌」2011・11月号

藤堂 七波   すぐ補充される自販機の缶コーヒーみたいだ非正規雇用社員は(2019.4.15)
          静けさを共有している紫陽花と今日の私のスカートの青(2016.7.25)
時田 則雄   百姓はすなはち大らかに遊ぶ人雲を眺めてけむりになつて
            (角川「短歌」2015.12月. ウリガレップから)
時田  桂    最終電車で駅に降り立ちぬ北斗の澄める輝き(2020.2.24)
          修行僧靖かな頭下げて過ぐ冬の日暮れを何処まで行くや(2020.2.24)
          高齢は高齢として楽しめる己持っていること大事(2020.12.13)
          赤き芽のふくらみて来し紅葉谷真下流るる水の音も春(2020.3.30)
          山車過ぎる天狗も過ぎる山の村静かな祭過ぎゆきにけり(2018.8.28)
          夕焼けは心に語ること多し砂丘を歩き粟島望む(2016.9.19)
          田の道を歩きつづけて一里半新潟の田の広さ身にしむ (日報2014・9.15)


中島  貞男  悩み事あるならあると言いなさい こんなに曲がって育ちし胡瓜よ(2023.8.7)
中島   隆 
 ふきのとう、満作、連翹、山須臾と雪国の春なにゆえ黄色(2021.4.5)
南雲  悦子   県境の山に冠雪輝きて庭のどうだん紅葉始まる(2023.12.4)
          三匹の河童の子の像は池の端に寝転び春の水音聞きおり(2023.秋 歌壇賞)
          墓守を頼みし母の眼差しの深きを意ふお盆になりぬ(2023.9.4)
          裏畑に野菜育てて十年余タイバと無縁の時間流れる(2023.5.14) 
タイバ= 時間効率主義
          転んでも泣いても「初」の字を冠すればめでたくなりて正月すごす(2022.2.28)
          汽車を見て手を振る習ひ老いてなほ冬晴れの日のヘルコプターに(2022.1.24)
          落葉松の黄葉の透き間に天上の青鏤めて信濃路の秋(2021.11.22)
           杉落葉見れば懐かし友の顔だるまストーブ燃ゆる教室(2021.12.8)
波汐 國芳   福島やセシウム深野 闇深い野 手繰ってもたぐっても尽きぬ悔いなる
          汝が逝けば雨後の萱原泣き濡れてあんあん赤子となりいるわれか

内藤  文    立冬までがんばりましたと犒(ねぎら)ってニガウリの蔓片付けにけり
          十三で金メダル獲りし少女いて今後の長い長い人生(2021.8.15)
          「更新」って悪い方にも使うんだ更新続けるコロナ感染(2021.2.8)
          「君」の字は「コ」「ロ」「ナ」の合体なんだよとスマホ見せられすごいと叫ぶ(2020.5.4)
          下山して登山靴脱げば足の指十本そろって深呼吸する(2019.6.3)
          コーヒーの冷める速さが速くなりカップの中にも秋が来ている(2017.9.18)
          笹原を通る潮風優しくてサ行の音で吹き抜けていく(2017.7.3)
内藤 恭子    ひと歳をかけて咲きたる一本の一枝の一花見つむひととき(2022.5.2)
          風混じり雨音低く樋を打つ小雪、深雪の序曲ならむ(2021.12.27)
          子兎の耳の形に似てるネと金盞花の苗移す大鉢(2021.12.27)
          山裾の藜は未だ柔らかし杖にせしとふ良寛思ふ(2021.10.10)
          どう進む如何に生きるは過去となり友との電話「元気で行こう」(2019.4.15)
          海原へいざ混じらむと分水の河口の水の煌めき続く(2015.9.28)
          土の面に二つ並びし蝉の穴二つの行方思ふ夏空 (新潟日報 2013.9.8)
          掃き寄せてわくら葉に告ぐ汝は未だ月桂樹の香しかと保つと(新潟日報 2013.9.2)

内藤 鋠作   銀箔のうすらつめたさいま我の唇(くち)にあり、女のさびしき生命
          小禽(ことり)の人にさからふくちばしををりふし汝に見ればさびしき

中村千津子  歩ける様になった孫と歩けなくなった姑の靴が並ぶ玄関(2016.11.21
中川佐和子
   九十の母もふにゅふにゅのみどりごを覗き込みてはふにゅふにゅ笑う
中野 嘉一   春の日麒麟のやうな山のかげに僕の生まれた村が見える 『秩序』(61年)
          内部被曝の世代といふが現れむ団塊世代の死に絶えし頃に(「短歌」2011・12月号「進化」

永井 陽子   べくべからべくべかりべしべきべけれすずかけ並木来る鼓笛隊(短歌朝日2003・12月号) 
永井 祐     あの青い電車にもしもぶつかればはね飛ばされたりするんだろうな(「短歌」2013・6月号)
長浜 武士    風邪癒えて十日振りなる浴槽に河馬の如くに浸る安らぎ
長塚  節  
 垂乳根の母が釣りたる青蚊帳をすがしといねつたるみたれども
         小夜深けにさきて散るとふ稗草のひそやかにして秋さりぬらむ
長澤 一作   放射能汚染ひろがる集落を置去りにされし牛らが歩む
二瓶  環   柊も鰯の頭も豆まきも恵方文化に押され節分(2022.3.28)
         桐の花やまぼうしの花ほおの花目にふれ難しその高き花(2017.6.11)



西村   曜   だったんだだったんだと行く鈍行で俺はあなたが好きだったんだ
西巻   真   ささめきが止まない風の吹く庭をゆつくりと白い猫がとほつた


沼田 俊一  
行き先は救急センター 過ぎてゆくネオンサインを綺麗という妻(2023.9.18)
         青春の記憶の一齣エレベーターガールもバスの車掌の声も(2020.4.20)
         知り合いが一人もいないふるさとは風景写真見ているごとし(2018.12.9)
         日の丸の旗を一つも見ないまま敬老の日の雨の街角(2018.10.15)


猫山
      あ 

の 
野石  念    横降りに雪は舞えども天上のほのか明るし二月の半ば(2016.3.7)
          朝露の乾かぬうちは涼しかり葉月の空を貫く蝉の声(2015.8.31)

野口あや子
   身長がもう伸びぬその代償にきみという語を貰い受けたり(NHK短歌2012.9
野地 安伯    木も草も静まる午前二時過ぎの街道の先ともるコンビニ(角川短歌 2012.12月)


早川   徹   ちちろ虫麻痺に細っていく脚の傍らにきて鳴きやみにけり(2023.11.20)
浜口萬壽子   ままならぬ己れを罰する巨人のごと生死の海に対き立つ原子炉
原田 真理   キラキラの誰かの日々に「いいね」して薄い布団に私は沈む(2021.10.25)
         
無理するなと言う人あれど心配は無用、体がついてきません(2019.11.29)
          「ラーメンはどこのが好き?」という会話成り立つ街の住み心地よし(2019.4.15)

原田 真里   
引き出しの中の配置を入れ替えるハンカチを前マスクを奥へ(2023.7.17)
原田 汀子 
 本当に春なのだらうか被災地に放射線襲ふ 三月終る
萩原慎一郎   今ぼくのこころの枝に留まりたる蜻蛉のような音楽がある(「短歌」2014・1月号)
早埼ふき子   その胸に「ダビデの星」をつけられてみなころされきユダヤみな(「短歌」2011年4月号)
畑   和子   冬山に来りてこころ緊(しま)るとも砕けつるわが白磁かへらず *腰の大切さ 馬場氏
畑中 陽子
  桃の皮ほどの弱さでつながれた関係だからいつも深爪(短歌2008・2月号)
浜名 理香   羽ばたきていたりし始祖を懐かしみ肩胛骨は飛びたがっている(短歌2011・3月号「雪」)
林  和清    <死ニ方用意>と戦艦大和に書かれゐき島山とほく櫻けぶりて『匿名の森』 
林  一幸   酔いどれて悪態尽くししこの吾に朝餉出し来る顔の寂しき(2017.10.2
林  和清
    「露骨」とは戦場に骨をさらすこと頭蓋に草を芽ぶかせること『匿名の森』
番場   馨
   年とると少しのことで驚かぬ不動の心かそれともボケか (日報。2014.7.28)
山多佳子
    レーンの垂らすロープが蜘蛛の糸のごとくきらめき 更地に夕日(「短歌」2012 4月号)
          わが体より出づるがごときカメムシの臭いの中に眠らむとする(「短歌」2012 10月号)



日野 富子   さびしかれと世をのがれこし柴の庵になほ袖ぬらす夕暮れの雨
広瀬  修平  
長々と貨車の風圧続くなり溽暑の中の開かぬ踏切(2018.8.28)
広田 修子
   障子戸を開けては覗くふわふわと静かにぐんぐん降り積る雪(2018.2.19

檜垣 綾子
   九十をすぎても株を買ってます頭を使い楽しくかせぐ (角川「短歌」2015.12月)
広川  ミエ    国境は人にのみ在りこの冬もカムチャッカよりヒシクイ飛来す(2023.12.18)
          ありかくしつつ老いゆくらしも病院の待合室に上着忘れて(2023.8.13)
          家持が恋歌によみし容花は今朝排ガスの道の辺に咲く(2023.7.9)
          許されぬ院政ならん元首相「アメリカと核共有せよ」と(2022.3.28)
          万葉集五十首あまり暗記しぬ呆けずに覚えんあと五十首を(2021.9.20)
          揚羽蝶、椋鳥、めじろ訪えり夏きざしたる図書館の庭(2020.6.22) 
          この頃のわれはリスのよう大雪に仕舞いし物の場所を忘れる(2020.4.20)
          二十年住む人無かりしわが生家地域の茶の間に蘇えりけり(2018.1.15)
          炎むら立つ紅葉の山を垂直に刃のごとく細き滝落つ(2015.12.28)
          白内障、難聴などを共にして老いゆく日々や我と愛犬(2015.11.16)
          海鳴りのまぢかに響く松林歩む雉あり春きざすらし(2015.2.16)
広川 里子   小春日に恵まれし日の冬かもめ鳴き声やさしよちよち歩く(日報、2015.2.8)
比呂日  紺  妻と吾子あわだち草と赤とんぼ皆に日温しあきの河原は(2020.12.13)
平野 公彦 
  耆を過ぎて老に近づくわが日々の遠景に銀の送電線立つ (「短歌」2011・1月号)
久方寿満子   しみじみと思ひてみればかかる世のこの人生の大方は瑣事(「短歌」2009年5月号ー『点景』)


藤   三冬   身をゆだね流れをくだる錆鮎の群みゆ魚野川日昏れてしづかに(2023.12.4)
古塩はるみ   
メガネ取り補聴器外し深海の魚と化して眠りにつかむ(2021.12.20)
藤田 健男   君の名はビンボウカズラまたの名はヤブガラシなり今日もK去刈りゆく(2021.10.25)
          ビートルズが教えてくれた ウイルスが教えてくれた 地球はひとつ(2020.5.4)

福島 泰樹
   「述志」とは志を述べること歌うこと悲しみ深く諾う情
藤巻 和子   ひひらぎの小さき花に顔寄せれば香りかすかに花びらふふる(2017.12.18)
古川 嘉明   
鍬の柄に翅を休めて赤とんぼ我も共ども草に休めり(2018.11.19)
          服喪中人の出入りの減りし門白山茶花に月の昇りぬ(2016.1.11)

藤崎なる子   
小糠雨濡れ合う仲の雉鳩の「もっとお寄り」と聞こえたような(2015.11.16)
藤原 俊成
   月さゆるこほりのうへにあられ降り、心くだくる玉川の里

 

 ほ
北條 祐吏  十月に入りて俄に寒くなり納豆汁の熱々夕餉(2023.11.6)
         美しき少女は影か本体の媼と出会ふ五十年振り(2023.5.14)歌壇賞
         掴まり立ちするにっこりと我を見る児に徴兵制復活せざれ(2023.9.10)
         獄庭の空に自由は広がりて赤蜻蛉の群夥しく飛ぶ(2021.10.10)
         大池の薄くれなゐの蓮の花炎帝を宥むるごとく涼しも(2017.8.21)

          ライラックの房の下にて君待ちしおもひのよぎる夕べとなれり(2017.6.11)
         入れ替り立ち替り空気新たなる待合室で来ぬ人を待つ(2016.3.7

星尾美枝子 
  穏やかに朝日のぼりて海の上に波きらめきぬ三陸被災地(2016.3.21)
保坂 登代 
   風まねくごとくに穂先しならせてススキは光の粒を蒔きけり(「八月の木陰」)
堀口 大学   楽しむにも苦しむにも肉体は一つ 愛するにも憎むにも心は一つ 
          ばらの木にばらの咲く 何事の不思議なきごと み心にうたの花咲く

堀  青渓    樹車沙羅の花また咲く頃となりにけりこのかそかなる祖廟の朝け(「蒼天遊行」)
穂村  弘    あれはたしか三ケ島葭子の下の句に「今は夜なりと思ふしづけさ」(短歌2014.11月号

 
槇 弥生子    あんなにもこんなにも人を忘れをりわれも忘れられてゐるひとりか(短歌2008・10月号)
正岡 子規
   足立たば北インヂヤのヒマラアのエヴェレストなる雪くはましを  (短歌2008・3月号
前 登志夫    いくたびも機械のまさるるをかしさよわが地獄絵のはじまりとせむ (短歌2008・1月号)
内視鏡のことらしい
前田 夕暮    自然がずんずん体のなかを通過するー山、山、山(「短歌」2009年5月号ー『近代名歌30』(山田吉郎
前川佐美雄   ぞろぞろと鳥けだものひきつれて秋晴れの街にあそびに行きたし(植物祭)(「短歌」2008・8月号」)
政本   博
  この国も強制連行せざりしや わが胸抉る拉致への怒り(短歌朝日2005・6月号)
松坂  弘   曇天をひるがへり飛ぶつばくらの狂ふとも見え喜ぶとも見え(「短歌」2011・5月号)
松平 盟子   店の楽師にシャンソン「桜杏の実る頃(ル・タン・デ・スリーズ)」を頼むと店主は感極まって自ら唄った
        
  密かなる否あきらかな抵抗歌さくらんぼ、さくらんぼ心臓の形(「短歌」2009年5月号ー『時の砦』)
         
 老いはまず表皮に揺らぎ笑うたび小波(さざなみ)寄せる顔(「短歌」2009年5月号ー『時の砦』
松田 梨子   先生の初恋の話聞きたいなバレンタインデー持ち物検査
松田 護夫
   亡き人に逢わむことなど想像す死語の世界のあると思はねど(「短歌」2012 10月号「少年の眉」)
松山  馨   童女の撒く菓子に鳩の群がりて何時かびつしり道動き出す
松村由利子   清明をシーミーと読むときに移住七年目の青葉雨(光のアラベスク)
          首都の雪ばかり報道するテレビ南の抗議行動続く(光のアラベスク)
          八重山の古き文書に「日毒」とやまとの国は記されてあり(光のアラベスク)
          言えぬこと呑みこむ夜に育ちゆくわが洞窟の石筍いくつ (角川短歌 2012.12月)
          割らぬ限りその美しき断面は誰にも見えずあなたの石は(角川短歌 2012.12月)
          待てば澄む沼であろうかわたくしは濁りきわまる水底の石(角川短歌 2012.12月)

松村   威  太陽系第三惑星ぐうぜんに水ありわれは牛丼を喰う
松村 敏子
    次々に星座をよぎる白鳥らまぼろしの船のへさきのごと
丸田美代志   
背もたれのなき椅子に腰かけるごとあなたのいない日々はさびしい(2020.9.21)
          降るピアノ隣家の窓から起重機で吊られて空へ旅立つらしい(2019.4.15)

丸山 嵐人
   死に顔を今日見て来たり死に顔は誰もみな佳きものにはあらず (角川短歌2008・4月号)
前川 道子   アサガオの日に1尺は延ばす手をそっと誘導支柱にからます(2015.9.7)
前田 信子
   命日にたこ焼きまあるく焼き上げるピンポンみたいと言いにし吾子に(短歌2008・2月号)
真鍋 正男    すきとほるガラスもいつしか傷が付きある夜無数の傷がきらめく(「短歌」2011年3月号ー『空の深さを』)
           上昇気流にのりて小さくなる鷹が教へてくれる空の深さを(「短歌」2011年3月号ー『空の深さを』)  
           弾丸は窪みに伏して逃れても逃れやうなし内部被爆は(「短歌」2012 4月号)
松山 勝彦   角砂糖半個に満たぬ脳をもつインコは吾にゲンキデスかと(2018.4.8)
          天と地の二つの息は溶け合いて村上城下は霧もやの下
(2017.2.12)
          気落ちしたときに先ず行く牛丼屋いっぱい独りが並んで食べる
(2015.8.31)
        
 CならぬQの字のキュウリにあきれつつ食べてやるかと塩もみをする

目黒 俊夫   杖つきて元気かと友訪ねれば友も杖つき吾を迎える
源  実朝    物いはぬ四方の獣すらだにもあはれなるかなや親の子を思ふ
宮澤 君代   
河骨の花を揺らして鳶翔ちぬ煌めく鮒を脚につかんで(2022.8.7)
          冬怒涛背なに聞こえる住まいなり一人の夜の寒さ極まる(2020.2.9)
          茅葺きの小屋が見えたる向こう山をちこち淡き桜咲く(2019.4.8)
          純白の山茶花咲きて八重の奥白きわまりて蒼み帯びけり(2017.11.12)
宮沢 賢治    あけがたの食堂の窓空白くはるかに行ける鳥の群あり
          天窓をのぞく四角の碧ぞらは暮れちかづきてうす雲を吐く
          月弱くさだかならねど縮れ雲ひたすら北に跳びてあるらし
          いざよひの月はつめたきくだものの匂をはなち山を出でたり

宮小路禎子   牡丹花も紫陽花花も過ぎうつし身を女(をみな)過ぎしはいつの花季(とき) (短歌朝日2003・12月号)
宮野 瑞枝    歩けないで歩けないと嘆く友ホームの八階は天空の城(2016.9.19)
宮崎 信義 
 叡山も鴨川も何万年何十万年が経っていよう人は何年(短歌2011・3月号「千年」)
宮  英子   正月というものは、時間をたっぷりかかえている若い人たちのものだ(「短歌」2010年 月号)
         親しかりし友らつぎつぎ世終ひすとり残されて長生き虚(うつ)け
(「短歌」2011年 月号
宮原 望子   あれもこれも危うき日々の拠りどころ独居老人に春炬燵あり
宮武千津子   ただ一つ水持つ星が被曝せりこたびは海辺の町を汚染し (「短歌」2014・1月号) 
三井  修   首長竜ほろびて七千万年の経ちてわが庭よぎる猫あり
         今われが死にてももはや<夭折>と誰も呼ばざる 冬の雨降る
(短歌208・4月号)
水原 紫苑
  まつぶさにかなし月こそは全き裸身と思ひいたりぬ(「短歌」2009年7月号ー『びあんか』
水原 紫苑>  悲しみのすきとほるまで枝払ひ見通しよき一樹となりぬ (「短歌」2011年3月号ー『河津桜』)

 む
村山 文子   シュプールを重ねて滑りし日の浮かぶ夫のあとを杖ひきゆけば(2022.2.21)
         おくやみ欄うぶごえ欄に並びおりバトンを繋ぐ走者のごとく(2021.9.20)
         クリムトの金のひかりの降るごとし大き銀杏に秋の陽させば(2020.12.28)
         魚沼の連山のぞむ露天の湯肩沈むれば風花の舞う(2020.3.9)

武川 忠一
   まだ少し走ることさへ出来るよと言ひ聞かせをり一人の散歩(「短歌」2010年 月号)
         時間時間この頃時には意識する残り時間のせんなきことを (短歌2008・1月号


 め
目黒 俊夫
  杖つかず陽気に誘われ外出し杖を忘れしことを思い出す(2017.6.11)

 
森田  無無  美しきサボテンの花咲きいでて初めて思う白の優しさ(2023.7.17)
森澤 真理  
領海を争うならば男らよ歌で競えよ雲雀のように
元宮 うめ
  バランスをとること難しせの文字を書きつつ思う世界のことを
森本 順子   横書きの短歌のようで馴染むには時間が要るよ娘婿とは (「短歌」2014・1月号) 
森山 良太   大ふぐり揺らし真っ黒の牛ゆけりサンゴの垣をめぐらせる道(「短歌」2008・11月号)
森山 晴美   君逝くと聞きて愕き無けれどもこの世手ごたえ失せし思ひよ(「短歌」2011年3月号ー『花火』)
森山 晴美   追うほどに離りゆくもの昏れはやき一枚の海見下ろしてゐる (「短歌」2012年 12月号』)
諸橋 轍次   幾十たび夢に通ひし故さとの水はうるはし山はうるはし



山田 泰雄   わが家にはロン毛の息子、ショート妻、坊主頭にそれぞれの春(2023秋歌壇賞)
         四苦八苦掛けて足したら百八の煩悩纏い鏡にうつる(2023.10.30)

湯井 祥人   
人生にまだ糊代がありますとスマホの機種を変更す(2019。6.17)
安永 路子 
 ほととぎす無惨無惨と声鳴けど聞かぬ貌して野の石仏
山川登美子   をみなにて又も来む世ぞ生まれまし花もなつかし月もなつかし
          後世は猶今生だにも願わざるわがふところにさくら来てちる
           (「短歌」2009年5月号ー『近代名歌30(今野寿美)
山崎  茂   山古志に春知らせるや鯉池の水面はじけて鯉は跳ねたり(2016.3.21)
山本 郁夫  
とんぶりは秋田にて知るいつしかにコキアと呼ばれゐし箒草(2016.11.28)
山本かね子
   おほらかといはんかあられなくといふか種子むき出しにゴーヤ実れり(短歌、2014,4月)
         生涯に悔しき戦ありしこと戦始めし人ありしこと
          灰色の歳月なりき銃剣に人を突けよと教へられたり
          いまに知るまこと切なき真相の特攻隊員若き死5千
          ひと壷に行き着くまでの明け暮れを人生と言へり深くうなづく
(沃野)(「短歌」2008・11月号)
山村   史  児の問いに豚舎の男は答えたり<豚は天寿を全うしません>(2018.11.19)
山本   司  
鴉らが鳩を襲えり集団的自衛権の行使の声張り上げて(角川短歌2014.12)
山本 龍作   飯縄山古墳群に堅香子咲き古乙女らの歓声聞こゆ(日報、2014.5.19)
山本憲二郎
   なだらかな起伏を浮かべ暮れてゆく砂丘のかなた漁火の影
(NHK短歌2012.9)
山名 康郎   征(ゆ) きしまま帰らぬ戦友 機窓から見るはシベリア白地獄 「冬華集

山田富士郎   異星にも下着といふはあるらむかあるらめ文化の精髄なれば(アビーロードを夢見て)
山中 律雄
   涅槃図ををがむをみなの指太し貧しき農にひと世老いつつ(「放題短歌」2009年5月号ー『涅槃図』)
山崎 方代   ふるさとのうばぐちむらは骨壺の底にわがかえる村  
山中智恵子  
 さくらばな陽に泡立つを目守(まも)りゐるこの冥き遊星に人と生れて『みずかありなむ』(68年)
山中智恵子   三輪山の背後より不可思議の月立てりはじめに月を呼びしひとはや(短歌2011・3月号「みずかありなむ)
八城 水明   世の中と一切かかはりなき風情白猫(はくべう)ゆっくり小路をい行く(角川短歌 2012.10月)
藪内 亮輔   眼球の比喩の葡萄を剥きながらむきながら葡萄の比喩の眼球(オモシロイケレド、ソレダケ)
          月清か精子みたいな洗剤をつけて手のひら二枚を洗ふ(イミアリソウデ ムイミ)
          螢とは餓死するものと聞きしより月の光がなめらかになる
(イミアリソウデ イミフメイ)
            (角川短歌 2012.12月)

ユキノ 進    オフィスの蛍光灯の両端が腫瘍のように黒ずんでゆく(角川「短歌」2015.11月. 中本さん)
          正社員も派遣社員も揺れながら朝の電車は都心へ向かう
(角川「短歌」2015.11月. 中本さん)
弓納持健一   百姓に無駄な仕事は何もなく雪降るまでは堆肥を作る(2024.1.22)
          玄関の春日眩しく除雪機に雑巾を干し家を留守にす(2021.3.21)
          三日三晩しじまの雪の凄まじく跡形も無く村は生き埋め(2021.2.16)
          頑丈な雪囲戸取り外し雪割草に春日浴びさす
(日報、2015,1月1日)

 


米川千嘉子  子に見せてはならないものは死にあらず性ならずこのうす笑いの答弁
与謝野鉄幹  われ男の子意気の子名の子つるぎの子詩の子恋の子ああもだえる子
吉田 昌代  足許にまつわる蝶と道行きは誰の化身と思へばよかろ
吉田 晶子  
夕闇に万緑黒くしづもれば信号機の青家路を急がす(2018.6.10)
         秋の野に耀(かがよ)ふ鶏頭その赤は幼きころのセーターの色(2015.11.8)
         古びたる障子を透かす初明かり煩悩あれど瑞気身に沁む(日報、2015.1.1)
         轟音と共に異次元去り行きて遮断機開けばもとの我あり(2013,10.7)


横山 初枝  一ミリに満たぬ粒から大蕪の育つ野菜の種の律儀さ(2016.10.31)
横山千鶴子 
 三戸の林檎畑に降る雪をしんしん思わす林檎の赤は
         焼かれても撒かれてもよし眠いねむい外はこでまり風に揺れゐむ
横山未来子  翅すこし下げて蜻蛉のやすみゐるこの世の秋にわれも息をす(短歌、2014.11月号)
        
    枯れ草のからまりあへる隙間より烏瓜みゆ心臓のごと(短歌、2014.11月号)
         羊雲 群れをくづさず尖塔を空にのこして西へ移りぬ     
   (「短歌」2010年1月号)   
         風に押さるる雲をながらく見てをればわれを載せたる地は滑りゆく 
(「短歌」2010年1月号)

吉仕 節子   駅なかの駐輪場の昼しづか通学自転車奥まで並ぶ 新潟日報句2014・6.30

 
 
若井 三青   年の夜のふるさとの湖映りきて白鳥ひそむ闇に雪降る   (「青花」s55.4 「越のうた散歩」より)

和田 雅子 
  私を追い越してゆくこの風は何処からきてどこへゆくのだろう(2018.9.9)
         別れ来て右手に残る寂しさを堅く握りて汽車を乗り継ぐ
(2016.8.1)
和田  桃   とにかくも杖を頼りに歩きゆく八十六歳コンビニへ千歩
         もののけが出て来そうなる空き家にも団欒の過去きっとありしよ(2016.11.21)
         次々と一人居増える住宅街バス停今も名はニュータウン(2016.7.11)
         ばけものの如く大きな胡瓜生り汁に煮たればとろりとやさし(2015.8.24)

渡部  泰治 鍬の土洗えばのそりと大熊座夕闇に立つ春が来たのだ(2022.5.2)
渡辺 和弘 
 祖父明治父は大正の漢なり昭和の我はやわなる男(2023.12.10)
         国連も神も仏も手向かえずプーチン�裁くは歴史だけなり(2022.5.16)
         B級で二流で生きるをモットーに友は堂々人生を終う(2022.3.13)
         一歩一歩体かしげて歩く友傍若無人の若き日ありき(2021.12.27)
         寂しくば海へ彷徨ひ哀しくば山を眺める故郷はよし(2019.8.19)
         妻と摘むタラノメ、ウドやアマドコロ携帯圏外春のどかなり
(2016.5.2)
 
         廃校と知らず立てる金次郎負ひたる柴に桜花散る(、2014.5.19)

渡辺 松男   みな死後とおもひてゐたりただたれの死後とはわからざるままに雪
         銀漢のまばたきかわがまばたきか楡の葉がちる夜空のかぎり
         コールタール塗られて黒き電柱は夕やけ小やけだれか呼ぶこえ(NHK短歌 2012年7月)



<余話>
亀井勝一郎
  歴史とは人間の恨みの膨大な累積である。・・・歴史を愛するということは、畢竟この無念の情を史書の底に聞くことではあるまいか・・その志を継いで、恨みを開顕することよって鎮魂の祭りを営むのが歴史の作者というものではあるまいか。招魂と鎮魂の所作によって歴史ははじめて生命を得るらしい。 (「夜明け前」の島崎藤村論の中)    

島崎 藤村
  「(徳川慶喜は)敵としての自分の前に進んで来るものよりも、もっと大きなものゝ前に頭を下げようとした。」

(「夜明け前」の島崎藤村論の中、篠田一士)

米川千嘉子 ついに五十歳になり、人のけんめいな仕事の多くは、もう自分の人生も能力の限界もよく見えたところからじりじりと生まれてきたのだろう、 (「短歌」2010年1月号)いつまでも自分の人生も能力の限界もよく見えない人は、いつまでも良い仕事ができないままに終えるということ・・・>